背中
「また来たの?」
ドアを開けるといつも同じ言葉をかけられる。
それを無視して、鞄を適当に放るとそのまま机に突っ伏す。
「ちゃんと勉強はしてるんだろうね?」
おざなりに手を振ってかえす。
「まあいいけどね。ベッドで寝てる生徒もいるから静かにしてなよ」
また別の日も同じようなやり取りをする。
「いつもいつも君も飽きずにここにくるね」
机に突っ伏すと声がふってきた。
「出席日数は足りてるんだろうね?」
おざなりに手を振ってかえす。
「ねえ」
ある日聞いてみた。
「なんでうるさく言わないの?」
ほかの先生はいろいろ言ってくるのに。
「そうねえ……言っても仕方ないからかな。無理はものは無理だし、嫌なことは嫌でしょ。他の生徒に迷惑かけなければ、好きにしていいんじゃない? まあ、ある程度の成績は取っておいたほうがいいよ」
鞄に手を伸ばした。
「怪我してるじゃない。こっち来なさい」
ドアを開けるなり手招きされた。
「しみるよ」
そう言って口の端と手を消毒した。
「はいこれで終わり」
そしてやっぱり何も聞いてこなかった。
いつもと同じ場所に伏せながら横目で先生の背中を見る。
「そういえば進路って決まってるの?」
返事をしなくてもそのまま続けてくる。
「大学行けるなら行っておいたほうがいいよ」
そう言われても特にやりたいこともない。
「君成績は良いんだから」
机で作業をしている先生をみる。
「ずいぶん久しぶりな気がするね」
別に毎日のように来ていたわけじゃないと思う。それでも前より頻度が減ったのは確かだ。
「やりたいことでも見つかった?」
何か返そうとしたけど、そのまま机に突っ伏した。
「卒業おめでとう。君が来るのも今日で最後だね」
「うん」
「大学行ったら、もう少し真面目にやりなさいよ」
「うん」
「じゃあね」
「じゃあ」
あれから数年経った。
教師になるなんて想像していなかった。
なんとなく。ほんとうになんとなく先生みたいになりたいって思った。
「授業始めるぞ。早く席につけよー」
先生。俺はあの頃の貴女みたいになれていますか?