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第八話:訪れる『日常』

 月曜日となった。

 高校生天神煌夜はいつも通り……とは言い難い朝を迎えていた。

 少なくとも、一週間前とは天と地、月とスッポンくらいの差がある。

 何が違うかと言えば、それはもちろん現在絶賛居候中のルミアお嬢様の事である。

 繰り返し言うが、月曜日である。

 特に何かの祝日でお休みという訳ではない、至って普通の週の始まりの月曜日である。

 故に高校生たる天神煌夜はこれから学校に行かねばならない訳だが、ここで一つ問題がある。


「コウヤ。どこに行くのだ?」


 玄関で学生服を着て学生鞄を持って靴を履いている自分にそう尋ねているこの少女。

 目が、尋常じゃないくらいの輝きを放っている。

 煌夜的通訳だとこの視線は『面白そうなとこなら私も連れて行け』という感じになる。

 だがもちろんそんな訳にはいかない。

 彼女は学生ではない。

 むしろちょっと変わったお方だ。

 学校なんぞに連れて行けばまたまた面倒な展開が山のように待ち受ける事となる。それだけは断固阻止しなければならない。


「うん…学校だよ学校」

「ガッコー……。 あの場所か」


 狭間世界から帰って来た時の事を思い出しているのだろう、顎に手を当てて、


「そこは楽しいところか?」


 きた。


「いいや全然」

「む? そうなのか?」

「ああそうだよ。あそこはいたいけな少年少女達に本人の意志とは関係なく学業を強制するまさしく地獄のような場所なのだよあーダルいなー憂鬱だー行きたくねー」


 めいっぱい悪く言ってみた。だが棒読みにも程があった。これは役者には向かないな、と煌夜は思った。


「む、むぅ……。そうなのか? しかし」


 まだ何か言い出しそうだったので早々に話を切り上げる事にした。


「駄目だってあそこの環境は君みたいなオンナノコジャイアンには絶対耐えられないからという訳で行ってきますお留守番ヨロシクネ!」


 おいコウヤ!! という彼女の叫びを無視して玄関を空けて外に出る。バタムッ! と玄関のドアがわりと勢いよく閉まった。


「ふぅ……さて、行きますか」


 数日ぶりの学校に向かって歩きだす。




 しばらく歩くとモモに会った。赤いツンツン頭をした彼の本日の私服は『燃』。『萌』でなくてよかったと心底思う。


「よー煌夜! 久し振りだな!」


 煌夜も挨拶を返す。


「ああ、数日ぶりのおはようだなモモ」


 彼は笑いながら、


「いやーしっかし嬉しい誤算だったよな。雨で学校が休みだったんだからよ。おれなんか家で父ちゃんや雅月とフィーバーしちゃって………なんで泣きそうなんだ?」

「いっ、いやっ? なんでもないよ?」


 友達が家で家族団らんしている中自分は風邪。しかも原因は下着(女物)の購入。生まれ変わりたい。


「つーかよ」とモモはこちらの顔を覗き込んで、

「なんか疲れてねーかお前?」


 一瞬凍りついた。


「え? 何で?」

「いや、ちょいと顔色が悪いからよ。気のせいならいいんだけどよ」


 そう、確かに疲れている。ルミアとの再度全裸遭遇イベントの後、泣きそうになりながらお願いしたら渋々という形で服を着てくれるようになった。蹴りまで入れられた苦労は報われたが、やはり疲労の色は隠しきれないようだ。


「そういや、あん時はなんかあったのか? 一人でどっかに行っちまうし携帯は繋がらねえし」

「うぇ? あ、いやー……」


 まさか変な空間に突入して美少女を拾いました、とは言えない。どこの妄想家だと同情されてしまうかもしれない。

 どう答えるべきか思案している煌夜を見てモモはニヤリと笑って、


「はっはーん? さては道端で美少女でも拾ったか? なんてな、そんなバカな話ある訳ねえよな」

「はっはっはっは全くだな。ところでモモ、歯を食いしばってくれるか? 今からお前の右指の関節全部逆方向にねじ曲げるけどお前だから問題ないよな?」

「いきなり何をっ!? つーかそれ歯食いしばる意味あんのかふぉお――――――――――ッ!!!」


 馬鹿を黙らせた煌夜は内心バクバクだった。


(おいおいおい何でコイツこんなに勘がいいんだよ!? 八割がた正解じゃねーか! 馬鹿なのに! いや、馬鹿故か?第六感(野生の勘)が優れてるのか?)


 でもそのわりにはテスト(マークシート方式)はあまり正答率は高くなかった気がする。

 人間の神秘に改めて首をひねる煌夜だった。







 そうこうしている間に学校に着いた。

 そして、


「………あれ?」


 煌夜は自分の目を疑った。

 教室の空気は、“いつもの”喧騒に包まれていた。

 あの日、とある二人の乱闘によってぐちゃぐちゃにされたはずの一年一組は、すっかり元通りになっていた。

 机や椅子はきっちりと並べられているし、もちろん机の中身がなだれ出ていたりもしない。


「…………どうなってるんだ?」


 実際、あの豪雨の衝撃が大きすぎたために教室はほったらかしにして帰ってしまったので、その辺はかなり危惧していた訳なのだが…………。


(教師達が片付けたのか? それなら、少しは噂になっててもいいと思うけど……)


 基本こういった出来事はどれだけ隠そうともどこかしらで情報が漏れてしまうものだ。それを耳聡い者が聞き付けたりして人から人へと伝わり『噂』というものは完成する訳だが………生徒達の間からは、休日はどうしてただのあの豪雨がどうしただのという『日常的』な会話しか聞こえてこない。

 そうやって煌夜が眉をひそめていたところで、


「コウさんモモさんほんじゃまか〜」


 もはや挨拶とも言えない挨拶をしてきた女子生徒の姿が見えた。言うまでもなく由真だ。二人はそれぞれ返事をする。

 彼女はいつもの白衣を両手でバタバタさせながら、


「いんやーいつかはすげえ豪雨だったにゃー。 おや?コウさんなーんか疲れてないかにゃー?」


 なんだろう、自分はそんなに顔に出やすいのだろうか。


「もしかしてヘンテコリンな場所でヘンテコリンな女の子でも拾ったかにゃー? ……………おや? どうしたねコウさん汗ダラダラで」

「いや全然何でも」


 モモといい由真といい、何でこんなにも無駄なところで勘の良さを見せるのか。ひょっとして見ていたのではないのか?知っている上でわざと言っているのか?

 そんな有り得ない事を考えつつ、煌夜は話を切り替えにかかる。


「いや、ちょっと休み中に風邪引いちゃってさ。もう治ったんだけどな」


 ちょっといきなりすぎて無理があったか? と思ったが由真はそんな心配に全く気がつかないようで『ほほぅ』と声を出した。


「んじゃあそんなコウさんにはコイツをプレゼントだにゃー」


 由真は白衣のポケットから手のひらサイズの白い瓶を取り出した。


「じゃーん! 由真印のマル秘元気薬だにゃー! 錠剤タイプなんだけど一粒食べればあら不思議。疲労回復に風邪も取っ払っちまう優れ物だにゃー!」

「へえー。由真にしては随分まともな品だな」

「まあ副作用で髪が全部抜けてつるっぱげになっちまうのが欠点と言えば欠点かにゃー」

「即刻返品致します」


 はげになってまで治すくらいなら自然治癒を待ったほうが断然いい。

 由真は『はげには好評なんだけどにゃー』とかあまり残念ではなさそうに瓶をポケットにしまう。


「試したんかい」

「まーにゃー。最初は近所の野良猫とかに餌と混ぜて与えてみたんだけどそしたら抜ける抜ける」

「おいこらテメェなに動物虐待してんだよ!」


 ヤンキーな外見に似合わず実は動物好きなモモが由真に食ってかかった。


「いやでもその後すっかりリフレッシュした顔になって雌猫ナンパしてたよん?」

「あ、一応効果はあるのか」

「まあナンパした方も雌猫だったけどにゃー」

「なんだそのレズ猫は!? つーかその薬になんか変な成分入ってたとかじゃないよな!?」


 にゃふふふどうかにゃーと由真は眠たげに笑ってはぐらかす。モモはうさん臭さ全開の瞳を向けていたが、これ以上は長くなるだけだと判断した煌夜にまーまーまーまーと押しとどめられた。

 そうすると、我らが委員長が教室に入ってきたのが見えた。

 煌夜は場の空気を変える意味も含めて彼女に声をかける。


「あ、平坂おはよう」


 彼女はピクッと立ち止まり、何故かだんだん赤くなっていく顔の色を抑えるように一度俯いてから、


「お……はよう、ございます」


 歯切れ悪く挨拶を返した。

 おお今日は比較的まともに会話を成立させた、と密かに喜んでいる煌夜は同じく密かにガッツポーズをとっている香花に気がつかなかった。

 と、由真がこちらを向き、


「あ、香花ちゃん、コウさん風邪ひいたそうじゃよー?」

「えっ!!?」



 顔の赤が急激に青へと変わり、彼女は煌夜に詰め寄った。


「天神くんっ!」

「は、はい?」

「風邪って本当ですか大丈夫なんですかちゃんとお休みはとったんですか病院には行かなくてもいいんですかもし行くなら私が付き添いを」

「ちょっ、落ち着いて平坂別に大丈夫だから! 風邪って言っても休み中の話だし一日で治ったから! あと顔が近いっ!」


 吐息がかかるほどの至近距離で今までにないくらい超早口に言葉を紡ぐ香花を両手で必死に押しとどめる。止めてなかったらおでこがごっつんこしてたかもしれない。


「あ……」


 と、ようやく自分の奇行さに気がついた彼女はまた顔を朱に染めてすごすごと下がった。


「すいません……」

「い、いや、心配してくれた事はありがとう。でも本当に大丈夫だからさ」


 しゅんとしてしまった彼女を煌夜は励ました。実際、ここまで心配してくれた事自体はありがたかった。どこかの親友やクラスメイトもここまでではなかったから素直に嬉しい。


「……………にゃー。奥様としてはやっぱり旦那の体調管理はしっかりしてほしいところだにゃー?」

「おッ!?」


 とことこと歩み寄って来た由真が香花の耳元に小声で何かを囁いた。すると香花の顔はさらに瞬間湯沸器みたいにボンッと紅色に染まる。


「………なんか、病院で診てもらったほうがいいのは平坂のほうでは?」


 煌夜の呟きは誰の耳にも入らない。


(まあ、けどなんだ)


 煌夜は内心『今』を噛み締めていた。

 何となく、今までの『非日常』の空気から、ようやく『いつもの』日々に戻って来れたような気がして、安心した。

 自分の世界は色々変わっても、ちゃんと変わらない世界がここにあるのだ。

 その事にどうしようもなく安堵してしまう煌夜だった。









(ふぁあ〜………ねむ)


 四限目の授業中、世界史の授業を受けていた煌夜は何度目かの欠伸を噛み殺した。

 この時間が過ぎれば昼休みだー、という気持ちはあるのだが、哀しいかな、人というのはどうでもいい時間、嫌な時間ほどそれが悠久に続くように思えてしまう贅沢な生き物である。

 一高校生である天神煌夜もその例に漏れずに今という時間を持て余していた。

 ちょっと視線を巡らせてみれば何人もの生徒が机に突っ伏して寝息をたてているのが見えた。

 ちなみに香花はやっぱり真面目そのもので背筋もピンと伸びきり、せっせとシャーペンをノートに走らせている。

 由真は一見真面目そうに見えるがよくよく見れば黒板ではなく虚空を見つめているのが分かる。脳内で新しい発明品でも考案しているのかもしれない。

 モモは珍しく寝ていない。変わりにせっせと消しゴムのカスを練って遊んでいた。何をしているのか高校生。

 お世辞にも授業態度に花丸はつけられない難有りな者どもだらけだが、一組担任藤乃亜澄の旦那にして社会科教師の藤乃誠志郎とうの・せいしろうはそんな生徒達を敢えて見逃している節がある。教師側から見れば問題あるかもだが生徒側から見れば誠志郎先生バンザイである。


(む、むあ〜……このまま睡眠欲に身を任せてしまいたい……)


 この数十分間襲い来る睡魔との果てしない激闘を繰り広げてきた煌夜だったが、やはり敵も大したもので瞼がどんどん重くなってくる。

 ちらりと教室にある丸時計を見ればあと10分は現状維持。勝機は尽きたか。

 いよいよ意識のシャットダウンまで秒読みが開始された、その時だ。


「あ、おい、見ろよあれ」


 どこからかそんな男子の声が聞こえてきた。

 うつらうつらとしながらも煌夜はそちらに意識を傾けた。


「ほらあれ。ウチの制服だよな」


 それでもだんだん遠のいていく意識の中、最初はどうせ病弱な生徒とかが遅れて登校してきたのだろうと思った。

 だがそれは違ったらしい事が次の女子生徒の口振りからわかった。


「……ほんとだ。でも何で男子のヤツ?」

(…………………………………ん?)


 今の発言が何か引っかかった。

 ここは普通の学校だ。制服で来る事の何がおかしいのか。

 いや、と言うか『男子の』とはどういう事だ?別に男子が男子用の制服を着ていて変な所などどこにもないはずでは?もし仮に女子が男子の制服を着ていたらそれは変かもしれないが


(………………………じょし?)


 待て。今また自分は何かに引っかかった。何だ。何か見落としている気がする。


「なんだろ? ていうかあんな女の子ウチの高校にいた?」

「いや見た事ないけど。ってか髪長いよねー」

「あーそれ思った。腰より長いじゃん。今時いないよなあんなの」

(………………………………………………………んー?)


 女の子。

 見ない顔。

 腰より長い髪。

 凄い嫌な予感がした。

 いやそんな馬鹿なと恐る恐る首を伸ばして窓の外を見て、


(………えぇ―――――――ッ!!)


 今まで自分をじわりじわりとねちっこく攻め立てていた眠気が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 窓の外、赤城高校の校門前に、一人の少女が悠然と立っているのが見える。

 遠目でもわかる艶やかな長い黒髪に思わず息が漏れそうな整った顔立ち。身に着けている赤城高校男子生徒用の制服はサイズが合っていないようで着ていると言うより着られていると言ったほうが正しい。

 煌夜はその少女に超見覚えがある。

 と言うか、数日前から共に生活している女の子だ。


(な、なんで!?)


 思わず叫びそうになった。


(――――なんで、ルミアがここにいるんだよ!?)







 新たな世界が、少女の形をとって煌夜の元へ訪れた。










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