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第六話:雨降って地固まれ

作品への感想、評価は我が糧となります。なので読んだらいただきたいのですが、『俺はそんなもん書かない派だぜぇ!』という方は結構ですのでご安心を。

 真っ暗な教室に、一組の男女がいた。

 男女、と言ってもその外見にはまだ幼さを残す、少年少女と言うべき二人だ。

 二人がいる教室は、酷い有様だった。机や椅子はまるで嵐に遭ったかのように乱れきっていて、一部の机の中から教科書やノートや漫画がなだれ出ている。

 そんな教室にいる二人。

 片方の少年は何故か顔があざだらけだった。泣きそうな目で自身の顔をさすっている。

 そしてもう片方の少女は、荒れきった教室の隅っこで膝を抱えて座り込んでいた。しかも赤ん坊が見たら泣き出しそうなくらいの不機嫌オーラをビンビンに発して。


(はあ〜……………)


 少年天神煌夜は心の中でまるで中年サラリーマンがしそうな歳不相応な深すぎるため息を吐いた。

 ちらりとプンプンに怒ってらっしゃる少女を横目で見る。

 何故こんな事になっているのか。

 理由としては実にシンプルで、なんやかんやあった末、どういう訳か自分は少女の大きな鎌をその身に取り込んでしまい、その事にしばし放心していた少女が『テメェ鎌返せやこら』と怒り(若干目が潤んでいた)ながらげしげしと煌夜の顔を蹴りまくってくれたおかげである。足癖悪い事この上なかった。

 マゾヒストにはたまらないかもしれないが生憎煌夜はそんなアブノーマルな嗜好の持ち主達からは最も遠い位置に君臨していると自負している。


「……………あのう?」


 沈黙に耐えきれなくなった煌夜が少女に声をかける。が、ギンッと睨まれた。『話しかけんなコノヤロー』との事らしい。

 内心ビビりまくりな煌夜は、しかしこのままというのとも居心地が悪すぎるので構わず続ける。


「あー、その、悪かったです。ごめんなさい。 そんなに大事なお鎌さんだったとはつい知らず」


 へへー、と土下座をしてみた。プライド?そんなみみっちいものこの場では鼻クソほどの役にも立たない。

 だが少女は答えない。煌夜を睨みつけてからぷいっとそっぽを向いてしまった。完全に拗ねてらっしゃる。

 しかしどうして俺は命狙った相手に土下座までして謝罪をしているのか、とも思わないでもないが、今はそんな事どうでもいい。取り敢えず少女のご機嫌取りに全力投球だ。

 何でもいいから何か会話、と思って、ふと思いついた事を口にしてみる。


「そういえばお前、これから行くあてはどこかあるのか?」

「………………………む」


 と小さく一言、と言うか一文字だけ呟いた少女を見て、どうやらあてはないらしい事をその雰囲気から読み取ってみる。

 煌夜はちょっとだけ考えてから、


「ならさ、家に来いよ。 衣食住は何とか用意できると思うから」

「………………何?」


 少女からしてみれば煌夜のこの申し出は意外、という以前に有り得ないものだった事だろう。誰が好き好んで自分の命を狙った輩を自宅に招くか。

 なので、彼女のこの問いは至極真っ当なものと言える。


「お前、正気か? 私はお前を殺そうとしたんだぞ? それを家に招くなど……」


 あー、うんまあ、と煌夜は適当に相槌を打ち、


「でもこのまま女の子一人路頭に迷うっていうのも後味悪すぎるし。 それにほら、俺はこうしてちゃんと生きてる訳だし結果オーライってヤツじゃない?」


 その言葉に少女はポカンとした顔を見せ、


「…………信じられないお人好しだな」

「おおグサッとくるね。でも負けないもん。私は強い子なのです」


 少女は俯いていた顔を上げ、しかしやはりそっぽを向きながら、


「………まあ、お前がどうしても、と言うのなら、行ってやらん事もない」


 また妙な感じに妥協したな、と思ったが余計な事は口に出さない事にする。

 とにかく、話は決まった。煌夜は立ち上がり、少女に歩み寄って手を差し出した。


「お互い、自己紹介がまだだったよな。 俺は天神煌夜。お前は?」


 少女は差し出された手をまじまじと見つめて、おずおずといった感じにその手を掴んだ。


「…………ルミアだ。 お前には特別に呼び捨てを許可してやる。ありがたく思え」



 その時、煌夜はその名に、微かに、しかし確かな懐かしさとあたたかさを感じた。その湧き上がる感情に内心首をひねりながら、


「OK、ルミアね。いつまでかはわかんないけどよろしくルミア」


 煌夜は少女を―――ルミアを引っ張り上げた。

 煌夜は笑みを浮かべて、


「さてと、それじゃあ行こうか。 俺の家は学校から二十分くらいだから――――――あ」


 その笑みが凍りついた。


「? どうした?」


 ルミアが何か尋ねてくるが、耳に入らない。

 煌夜の視線は、教室の窓、その外に向けられている。


「………どうしよう」


 思わず口からそんな言葉が漏れる。

 今までギスギスした空気のせいで気がつかなかったが、外では結構な量の雨が降っていた。

 そういえば今朝の天気予報で夜には雨が降るでしょうとか言っていた気がする。

 まさかまさかのこの伏線でしたかー、と煌夜はもしかしたら本日最大かもしれない盛大なため息を吐いた。










「――――クシュンっ!」


 何度目かのくしゃみに、煌夜は鼻を啜った。

 結局、あの後は降りしきる雨の中を頑張って頑張って何とか家まで帰ってこれた。

 もちろん傘など持ってきていようはずもなく、ずぶ濡れはになったが(教室に置いてきていた学生鞄もその雨で見事にビチャビチャになった)。

 ルミアには裸足のまま外を歩くのも酷だろうという事で煌夜の学校での中履きを貸した。おかげでその中履きは名誉ある戦死を遂げた。心臓マッサージよろしく必死に乾かせば奇跡は起きると煌夜は信じている。

 そんな彼は現在居間で自分の頭をバスタオルで懸命にごしごし拭いて水滴を取っている。

 そこにルミアの姿はない。同じくビチャビチャの濡れ濡れになった彼女は現在浴室でシャワーを浴びているはずだ。どちらが先でもよかったのだが、一応紳士的レディーファーストの精神を見せた煌夜である。


(しかし……)


 と煌夜は今日あった出来事を振り返った。

 今日だけで、一生分の非日常体験をした気がする。

 謎のひび割れに、

 謎の空間に、

 謎の生き物に、

 謎の光景に、

 そして謎の少女。

 考えてみると謎だらけで笑いしか出ない。

 なので煌夜は考える事を止める。ただし放棄ではなく、保留だ。現時点では圧倒的に情報、判断材料が足りない。そんな現状で考えてもわからない事はいくら考えてみたところでわかりはしない。幼稚園児に東大の入試問題を解けと言われても解けないように。

 煌夜は何となく濡れて肌に張り付いた制服も拭きながら、


(詳しい事は後でルミアに訊くとして、まあ答えてくれるかはわかんないけど。 しっかしだんだん寒気が……。早く出てくれないかな)


 少しだけ震えながらそう考えていると、


「おい」


 後ろから声をかけられた。ルミアだ。

 やっとあがったか、と振り返った煌夜は、

 そのまま床に突っ伏した。



 何故なら、一糸纏わぬ姿の美少女がそこに立っていたからだ。


「なんだ、座ったまま転ぶとは器用なヤツだな」


 呑気にそんな事を言う彼女に煌夜は無言を持って応える。

 本当に何も着ていない。さっきまでの煌夜と同じように大きめのタオルでその長い艶やかな黒髪を拭いているだけで前を隠そうともしない。まさか羞恥心が皆無なのか。というかそんな馬鹿な話が有り得るのか。

 一瞬、本当に一瞬だが、白くて綺麗な肢体やら意外と発達のいい胸やらが見えた気がしたが思い出さない思い出したくない思い出してはいけない。

 煌夜は決してルミアを見ないよう突っ伏したままプルプル震えて、


「………まさか我が人生にこのようなドッキリイベントが起きようとは」

「何の話だ?」

「いや何でも……」



 とだけ答える。彼女は怪訝そうに首を傾げている…………と思う。

 念のため申しておくと、天神煌夜という少年はこの年頃の男の子にしては異性への意識とか関心とかそういった気持ちは極めて薄めだ。

 例えばコンビニなどでグラビアアイドルが水着姿で扇情的なポーズをとっている表紙の雑誌を見たところでこれといった感想は抱かないし、逆に鼻で笑ってやるくらいの余裕とも言うべきものも持ち合わせている。

 だがそんな彼でも、いきなりの美少女の真っ裸には耐性がなかったらしい。興奮こそしないもののとてつもない恥ずかしさが現在進行形で全身を襲っている。

 と言うか、そんな耐性を持ち合わせるのはよっぽどの馬鹿でも不可能だろう。せいぜいジャングルで生きてきた野性児か宇宙人かのどっちかだ。

 なんか、さっきまで寒気すら感じていたのに今は体中がとにかく熱い。きっと顔も真っ赤になっている事だろう。


「……あの、ルミア?」

「なんだ?」

「なにゆえ………裸なのですか?」

「着替えがないんだ。それを言いに来た」

「ああ、なるほど…」


 不覚にも納得してしまった。

 彼女の着ていた漆黒のドレスは雨やら泥やらでとても残念な姿に変わり果ててしまっていた。高いだろうにもったいない、なんて庶民的な感想を抱いた正真正銘の庶民な煌夜である。

 ともあれそれでは着替えがなくても仕方がない。煌夜は踏ん張って、しかし絶対にルミアの方を見ないよう努めながら立ち上がる。


「それじゃあ、俺の着替え……は、ちょっとでかいかな。でも家に女物の服なんてないしなぁ……。 まあ、しょうがないからそれで我慢してくれ。今持って来るし」

「うむ」

「………ってなんか足音が二つ聞こえるのは何故? ひょっとしてついて来てない?駄目だからな?ここで待ってろよあとちゃんと前隠しなさい俺の心臓のために」

「む〜」


 まるでむくれた子どものような声を出しながらも足音は一つ聞こえなくなったので一応は言う事を聞いてくれたらしい。煌夜は内心胸を撫で下ろして自室に向かう。

 ドアを空けてすぐのタンスの中を適当に漁る。


(早くしないとあいつ風邪ひくかな?)


 そんな事を考えて、漁る手を早める。一つの服を掴むと早足で居間へと戻る。

 やはりと言うか、ルミアが膨れっ面で待ち構えていた。一応タオルで前は隠しているが、体に巻いているのではなくただ手から下げているだけなので正面から見た露出度とかは水着の比ではないし何より照明による逆光のせいでボディラインもはっきり見えている。

 よーし落ち着け自分と念じまくって彼女に持ってきた着替えを手渡す。即座に後ろを向く。

 布が擦れるような音がしばし続いた後、


「もういい?」

「なにがだ?」

「いや、服着た?」

「うむ」


 よかったーと安心して振り返った煌夜は今度は膝から崩れ落ちた。


「………? さっきからなんなんだ?」


 煌夜はルミアの声が聞こえない。

 変わりに、自分はかなり疲れているのかもしれないなあ、なんて思う。


 なんだって自分は着替えとしてワイシャツ(長袖)を進呈しているのか。


 そういえば服を掴んだ時になんか薄いなーとは思ったが、ワイシャツはないだろう、と自己嫌悪してみる。

 確かに、隠れている事は隠れているが、なんと言うか、ギリギリ見えなくなった事で危なさ増してない? というのが感想。余った袖とか裾とかがプラプラと遊ぶように揺れている。


「あ、あのさルミア? その服―――」

「ふむ……中々いいなこの服は。着心地がいい。喜べ、褒めてやるぞ」

「―――そうですか」


 気に入ってしまったらしい。

 無理だ。なんだか機嫌よくその場で『♪』とクルクル回っている(危ない事に回る度に裾が舞い上がりそうになっている)彼女に今更『脱いでくださらない?』とは言えない。第一それではもろ変態のエロオヤジ発言になってしまう。

 まあ、別に部屋着がワイシャツでも構いはしないが………やはり、一点だけ許容できない点がある。


「…………………〜」


 窓の外を見る。雨は時間と共にその勢力を確実に増大させているようだ。学校にいた時は『ザーザー』くらいだったのが『ダダダダダダッ!』とまるでマシンガンでも乱射しているかのような雨音が耳に届く。

 が、行かねばなるまい。

 正直、この時の煌夜は少々バグっていたのだろう。あまりにも長いこと寒さに晒されていたため、風邪でもひいていたのかもしれない。

 そう。だからこそ、この時煌夜はまるで今からラスボスに挑まんとする歴戦の勇者のような顔をして着替えもせずに玄関に向かったのだ。

 煌夜は低い声で、


「……ちょっと行ってきます」


 クルクル回っていたルミアは動きを止めて、


「ん? どこにだ?」

「外に」

「……雨降ってるぞ?」

「……それでも行かなければならんのです」

「……何しに?」

「……下着を買いに」

「……は?」


 ルミアは何か言いかけるが煌夜は最後まで聞かずに決死の覚悟で玄関を空けた。







 ちなみにこの翌日、あまりの豪雨のためにとある高校が急遽休校となった。



 余談だが、その日とある少年が風邪をひいてしまいほとんど一日中ぶっ倒れていた事実は本人を含めて二人しか知らないのだった。







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