表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

第五話:帰還。そして突然。

 あの裂け目に二人が飲み込まれてからどれだけの時間が経ったのか。

 天神煌夜が目を覚ました。

 あまりにも非常識なこの体験は、しかし二度目故か今度は頭も冴えた状態で覚醒する。


「……………あれ?」


 てっきりあの屋上に出るものかと思っていたが、視界には違う景色が映った。

 教室のようだ。若干乱れたカ所もあるがそれなりに整って並んでいる机と椅子。見覚えのある教卓に、黒板の隅の『日直』と書かれたその下には知っている名前が二つ縦書きに書かれている。

 それらの情報から、煌夜はどうやらここは自分のクラスである一年一組だと推測する。

 しかし、暗い。電気も点いていない教室は夜のように暗かった。

 携帯電話を取り出してみるとちゃんと電源が点いていた。だが画面に表示された時間に煌夜は目を見張った。


「に、二十時…………!?」


 思わず目を擦って再度確認するが、表示された時間は変わらず『20:23』。道理で暗い訳だ。


「そんなにあそこにいたのか、俺?」


 煌夜があの空間に引き込まれたのは放課後。携帯が使えなかったのではっきりとは分からないが、体感的には一時間といなかったように思うのだが…………。


「まあ、訳がわからないのは今更か」


 考えてもわからないのならいくら考えたところで答えなど出ない。それに煌夜の体感時間がどうであれ、それが現実だ。自分にはどうしようもない。


「あ」


 と、煌夜はようやく自分の隣りで気を失って倒れている、あの少女に気が付いた。

 あの大鎌は見当たらない。落としたのか、出現と同じように光となって消えたのか。

 とにかく、煌夜は彼女を起こす事にした。


「ほら、起きろって。 朝……じゃない、夜だよー」


 微妙におかしな事を言いつつ少女を揺さぶった。


「ん……………むぅ…?」


 少女の目が開いた。

 それからムクリと上半身だけ起き上がり、半開きな目で教室を見渡した。

 それから頭をブンブン振って覚醒完了。今度は珍しそうに教室のあちこちに視線を巡らせ、それから煌夜を見た。


「………ここが『ガッコーノオクジョウ』とやらか?」

「いや、ここは教室だよ。学校なのは確かだけど」


 煌夜は立ち上がってうん、と伸びた。


「しかし助かったよ。 お前がいなかったら俺戻って来られなかったかもしれないしさ。ありがと――――」


 と礼を言いながら少女の方を向き、


「―――――な」


 そのまま止まった。



 何故なら、いつの間にか立ち上がった少女が、あの大鎌をこちらに突き付けていたからだ。


「お、おい、一体何を………」


 いきなりの事に煌夜は激しく混乱する。

 少女はそんな煌夜をみて、口の端をつり上げた。


「くっくっく………。悪いな。 お前にはここで死んでもらう」


 少女のその残酷な宣言を理解するのに、一瞬の時間を要した。


「な、何で………」


 ようやくそれだけの言葉を紡ぎ出した。

 少女はただ笑って答える。


「確かにあそこから脱出する事には成功した。それは感謝してやる。 だが、私達が通った裂け目を『道』として『ヤツら』がこちらにやって来る可能性もある」

(……………『ヤツら』?)


 少女は一度笑みを引っ込めて、


「………私は二度とあそこには戻りたくない。戻らない。戻るつもりはない。 だから、私は私の手掛かりとなるものは全て消す」


 だから、ともう一度呟いて、


「――――――私のために死んでくれ」


 彼女は大鎌を振り上げ、振り下ろす。

 たった一撃で魂すらも刈り取るそれが、煌夜に迫る。


「――――――――!!!!」


 避けられたのは、まさに日々の生活の賜物と言っていい。

 慌てて横っ飛びに避けた煌夜はいくつかの机を巻き込みながら転がった。大鎌が教室の床に突き刺さる。

 煌夜は一転して警戒心全開で少女を睨み付けた。

 彼女はかわいらしく小首を傾げて、


「何故避ける?」

「あ、当たり前だ馬鹿!! あんなの食らってたまるか!! 絶対痛いから!! 大体人が礼言ってるのに殺すとか無礼極まりない!このKYめ! あの鎖から助けた恩は無視ですか!?」

「それはお互い様と言うヤツだろう? 私がいなければあそこから出られなかったとお前も言っていたではないか?」

「ぐ、それはそうだけど………」

「ならば死ね」

「ってだからそれは嫌だッ!」


 一気に間合いを詰めて少女は大鎌を最小限の動きで横薙に振るう。モグラたたきのモグラのように慌てて身を伏せてそれを躱した煌夜は後方に飛んで再び距離をとった。


「くっそ……! そんなむちゃくちゃな理由で殺されたくないんだよっ!」


 手近に転がっていた椅子を掴み、両手で思いっきり少女に振りかぶって投げ付けた。

 だが彼女は動かない。鎌で払い落とすような事もしない。

 ガツンっ! という鈍い音が響く。

 少女の顔面に椅子が激突したのだ。


「はっ…………!?」


 まさか当たるとも思っていなかった煌夜は驚愕に身体の動きを止めた。

 だが、少女は相変わらずそこに立っていた。

 まるで今の抵抗はそよ風でしたとでも言いたげに。


「アイアンボディー!?」


 思わずツッコミを入れてしまった煌夜だが、状況は何一つ好転していない。

 少女はおかしそうに自身の黒髪を片手で払って、


「頑張って抵抗しているが、お前分かっているか? 私が全く本気を出していないことに」


 確かに、と煌夜は思う。その時頭に浮かんだのは、目の前の少女が一度あの空間に裂け目を入れたシーンだ。

 あんな桁違いな力、最初から本気でやれば煌夜などあっという間にミンチになっている事だろう。

 それをしないのは、あまりに派手に暴れ回れば人が集まってしまうかもしれないという事を考慮しての事だろう。


「しかしチョロチョロと逃げ回って……手元が狂うじゃないか。 できるだけあっさり終えようとしてるのに」


 やれやれ、と少女は肩を落とした。

 その言い草と仕草にもはや煌夜は怒りよりも動揺よりも先に呆れがきた。

 少女は嘆息してから、


「………仕方ない。少しだけ本気を出す。 すぐに終わるから安心しろ」


 安心できるか、と思ったが、口には出せなかった。

 次の瞬間、少女は煌夜の眼前にいた。


「なっ!?」


 ろくに反応できない煌夜の顎に少女の素足での蹴りが叩き込まれた。

 ドガッ! という音と共に煌夜の意識が揺らぐ。


「が、はぁ……っ!!」


 煌夜の身体はブリッジのように真後ろへと反り、そのまま床に仰向けに転がった。

 まずい、と思ったが、身体が動かない。軽い脳震盪でも起こしたのかもしれない。

 そして、次に煌夜が見たのは、




 自身の左胸あたり、ちょうど心臓のある位置に突き刺さった、大鎌の尖端だった。

 その向こうには、自身へと突き刺さった鎌を振り下ろしきり、凶悪な笑みを浮かべた美しい少女が見えた。


(ち…………く、しょう……)


 死ぬのか。

 こんなにもあっさりと。

 文字通り、痛みもなく死んでいくのか。









 ………………………………………………………………痛みもなく?


「え?」


 と煌夜が声を出し、


「は?」


 と少女が続けて声を出す。

 大鎌は、確かに煌夜に突き刺さっている。

 もうなんか、何かの見本にしたいくらいバッチリグッサリ見事に刺さっている。しかも心臓に。

 なのに、煌夜は死なない。

 血も一滴も流れない。

 それどころか、痛みすら感じない。


「……………っ!」


 慌てて少女が大鎌を引き抜こうと引っ張るが、いくらやってもビクともしないまま煌夜に突き刺さっている。

 半ば呆然としていた煌夜ははっとなって、


「な、なんだか知らんが好機は今!! とりゃあ!」

「ぐあ!?」


 力の限り少女を蹴り飛ばした。少女は机を巻き込みながら無様に床を転がる。

 少女が態勢を立て直す前に煌夜は立ち上がる。

 そして自分に刺さったままの大鎌に触れて、


「えっ!?」


 声を上げた。

 鎌が、

 まるで水の中に沈んでいくように、煌夜の体へと飲み込まれていく。


「な、なんだこれ? なんだこれ!?」

「お、おいっ!?」


 煌夜の声と少女の声が重なるが、それも空しく。

 三メートルほどの大鎌は、その全てが煌夜へと取り込まれてしまった。


「…………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………えー?」


 その場には放心一名、呆然一名の少年少女が残されたのだった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ