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第四話:煌めく夜空での邂逅

「……………………………………ぅ」


 天神煌夜は目を覚ました。

 モゾモゾとした動きで倒れていた身体を起こす。いまいちはっきりとした思考ができない、ぼんやりとした頭で、煌夜は周囲を見渡してみる。


「…………………?」


 そこは奇妙な場所だった。どこを見渡しても視界に広がっているのは『黒』ばかりだった。

 赤や白など、その他の色彩を一切寄せ付けないような、圧倒的なまでの漆黒。

 しかし光がまるでない『真っ暗闇』というのとも少し違う。試しに自分の身体に目をやると、明確な輪郭がちゃんと見える。

 目というのは『光』を利用して『形』という情報を得るものだ。たとえどれだけ暗闇に目を慣らそうとも、『光』が一切なければ視覚情報は得られないのだ。

 だとすれば、この見渡す限りの黒は一体どういう事か。

 煌夜は頭を振って、


(……何だ、ここ? えーと、確か今日も普通に朝起きて、学校行って、友達と会って、それから――――――――!?)


 そこまで思い出して、ようやく彼は覚醒した。


「そうだ、俺、あの『穴』に吸い込まれて…………!」


 完全に自分の置かれた状況を理解した煌夜は、だがそこで止まる。


「ってことは……ここは、あの『穴』の向こう側って事なのか? ………………訳がわからない」


 そう、分かっているのはそこまでだ。記憶が確かなら、自分はあの『穴』の中にいる事になる。

 だがあの『穴』が一体何で、ここはどこで、どうすれば自分は『元の世界』に帰れるのか。

 そういった肝心な問題の数々は、何一つ解決されていないのだ。


「……うーん………」


 うねってから、空を仰ぐ(空と言っても周囲と変わらずの黒だったが)。

 この分からない事だらけの状況で、煌夜は意外にも落ち着いていた。間接的にしろ自主的にしろ、厄介事にはわりと慣れっこな方な煌夜だ。一度冷静になってみればこれくらいのハプニングは(少なくとも気分だけは)どうってことない。

 さて、これからどうするべきか。

 ポケットから携帯電話を取り出したが、電源が切れていた。充電が尽きた訳ではないはずだ。いくらなんでも今日ほとんど使っていないのにそんなにあっさり切れたりはしないだろう。

 だとすると、やはりこの空間の影響か。


(ここでは携帯は使えない。 つまり実質助けは呼べない状況……か。 まいったなこりゃ……)


 よし、と気合いを入れて彼は立ち上がった。


「取り敢えず歩こう。 ここでじっとしてるよりはマシだろ。 もしかしたら案外あっさり出口が見つかるかもだしな」


 おのれを鼓舞するように、誰にともなくそう言った。

 その行動力は、或いは無意識の不安を押し殺すためのものだったかもしれない。

 何はともかく、煌夜は『黒』に向かって歩きだす。










 一寸先は闇、という言葉がある。

 将来の見通しなどが立たない事を例えた言葉であるが、それはこういう状況を言うのではないか。


「………………って、どこまで行っても黒一色かい」


 五分歩いたか十分歩いたか。時間が分からないのが辛い。

 今煌夜の視界に広がるのは、相も変わらずの『黒』。いい加減慣れた。と言うか見飽きた。


「ふっ、おさきまっくら」


 試しに皮肉ってみたが、逆効果だった。寂しさが倍増。誰か突っ込んでほしい。


「うう……。なんでいつまでもいつまでもいつまでも黒ばっかかなあ! 神様、アンタそんなに黒が好きか!? 今時戦隊モノじゃ流行らないぞブラックなんて! 時代はシルバーやゴールドなのさ! ていうかいい加減俺黒嫌いになるぞ!!」


 ヤケクソ気味の駄々っ子風味に叫んでみたが、虚しさは広がるばかり。

 はぁ、とため息をついて、煌夜の足が止まった。

 本気でどうしよう……? と思った煌夜の耳に、



 ヒタヒタと、まるで足音のような不気味な音が届いた。


 聞き間違いかと思った。だが、音は決してなりやまない。


「―――――っ!?」


 煌夜の肌が粟だった。

 音は後方から聞こえてくる。その音は徐々に大きくなって――――つまり、誰かが、こちらに近付いてくる。

 だが、誰が?

 冷静に考えて、こんな場所にいるのがまともな者だとは到底思えない。

 その音はある程度続いた後、めっきり静かになった。


「……………………」


 耐え切れなくなって、煌夜は勢いよく振り返った。

 そして、思いっきり脱力した。

 そこにいたのは、


「何で、クマの縫いぐるみ?」


 だった。

 直径三十センチくらいの、全身が焦げたような茶色の身体。黒のつぶらな双眸は、中々愛らしい。

 だがその縫いぐるみはとても変だった。

 身体中のあちこちに、と言うより全身に、まるで手術痕のような縫い目が見えるのだ。

 そんなクマの縫いぐるみが、二つの足で立っていた。


「え?」


 そこに来て、ようやく彼は異常を感じた。


(何で、縫いぐるみが、ここに、二本足で、)


 そこまで考えた時、






 ブチブチィッ! と嫌な音をたてて縫いぐるみの右腕が吹き飛び、



 そこから、




 『人間の腕』が現れた。


「―――――――――――――――!?!?」


 その時、確かに一瞬煌夜の心臓が止まった。

 『それ』は外見上は『人間の腕』としか呼べない。

 だが、その腕は自分のものと違い、まるでホラー映画にでも出てくる幽霊のように、或いは死体のように、怖いくらいの白さだった。

 敢えて言葉にするなら、その腕には『生きている』感じがしない。血の通った人間のものではない。

 その腕がグンッと伸びて煌夜の頭を鷲掴みにした。

 そのまま腕は伸びた分だけゴムのように縮み、結果的にクマの顔が煌夜の眼前に迫る形になった。

 変化は続く。

 今度はクマの口、『ω』の形をした部分がザックリと三日月型に裂けた。


『――――ミツ―――ケ、タ』


 煌夜は始めその声が誰のものか分からなかった。

 だが、すぐに分かった。

 その声はこのクマの縫いぐるみ『だったもの』から発せられている。


『ミ―――ツケ―――タ』


 再び同じ言葉を吐いた。

 ザックリと開いた口の端を歪めて笑うそれは、

 嘲笑のようであり、

 漏れ出てくる言葉は呪詛のようであり、

 だが、

 どこか果てしない歓喜を含んでいた。


「っ………………!」


 たまらず煌夜はそのクマをボフッと殴り飛ばした。同時に煌夜を掴んでいた腕からも開放される。

 柔らかい、だが底冷えする感触が拳から伝わってきた。

 殴られたクマは綺麗な放物線を描き、そのままボテッと黒い地に落下した。

 そして、そのまま音もなく、溶けるように消えた。


「はぁ……は、ぁ………!」


 酸素を求めて激しく呼吸した。吸いすぎてむせた。

 何だったのか、アレは。


(『ミツケタ』って言ってた………。 何を?俺を? どうして? なんだって言うんだよ、くそっ……)


 混乱した頭を落ち着かせるよう努める。

 だが、状況は煌夜にそれすら許さない。

 異変はすでに起きていた。


「え?」


 いつの間にか、視界いっぱいの『黒』がなくなっていた。

 と言うより、全く違っていた。


 煌夜が立っていたのは、荒れ果てた大地だった。

 土は痩せこけ草は枯れきった、その大地。

 そして、


「なんだ、これ……?」


 その大地で、人が殺し合っていた。

 鎧を身に着けた兵士達が剣や槍を手にぶつかっている。

 中には負傷した者もいる。

 槍に心臓を一突きにされ絶命した者。腕を切り落とされ絶叫して鮮血を噴き出している者。刀傷から血肉がむき出しになり、苦痛に顔をしかめる者。両目を抉られ、奇声を発する者。


「あ、うぁ…」


 込み上げてきた吐き気に手で口を覆った。


「せん……そう……?」


 よく知りもしないくせに、自然とそんな言葉が出た。

 だが、その凄惨な光景は、まさしく『戦争』と言うにふさわしい。

 と、一人の兵士が、雄叫びを上げて、剣を煌夜に突出してきた。


「ひっ……………!」


 声にならない悲鳴を上げる煌夜。思わず両腕で顔を庇うように覆い、視界を自ら閉ざして外界の情報をシャットダウンする。


「………………?」


 だが、予想に反して痛みは来ない。それどころかいつの間にかけたたましい騒音も止んでいる。

 恐る恐る、目を空けてみる。

 すると、またも違う光景が広がっていた。

 今度は街だ。西洋風とでも言えばいいのか、少なくとも日本では見ない町並みだ。

 歩いている人々も明らかに外国人っぽい顔立ちをしている。

 だが煌夜の関心はそこにはない。

 街の人々に交ざって、様々な生き物がいる。

 生き物、と言うと語弊があるかもしれない。

 そこには人と同じように服を着て二足歩行する狼男やトカゲの頭を持つ者、エルフのように耳だけが異様に長い少女などがいる。まるでファンタジーの世界の再現だった。

 さらにその後、景色は激変する。

 そこはまるで深海のようだったり、神話に出てきそうな天使や悪魔が存在したり、魔法使いが空を飛び回っていたり…………そうやって、煌夜の見る景色、『世界』は目まぐるしい変化を起こす。



(本気でなんなんだよこれはー!? 一体何が起きてんだ!? そして本日何回目かも分からないこの感想!! うう、訳がわからなすぎて涙出そう………)


 完全にパニックに陥った煌夜は頭を抱えた。いくらなんでもこれは流石に許容量を超える。

 と、それが何十回か繰り返された後、一つの景色で固定された。

 またあの『黒』か、と思ったが、違う。今度はある程度明るさを確認できる黒、まるで夜のようだ。それが今までと違う証拠に、視線を上に向けると綺麗に煌めく星々が見えた。


「………ここは……?」


 何となく、本当に何となくだが、煌夜はこの場所に安心感を抱いた。まるで、自分は『ここ』を知っているような、懐かしさから来る安心感。


 そして、煌夜は気が付いた。

 前方に、人の気配がする。

 煌夜は目を凝らしてその気配の発生源を見て、


「おん、なのこ…?」


 自然と呟いていた。

 そこにいたのは少女だった。

 煌夜と同年代に見える。天空の夜空を想わせる、腰より長そうな、黒い艶やかな黒髪。その黒髪に合わせたような黒いドレス。

 そんな少女が、一人膝を抱えて座っている。

 まるで触れると壊れてしまいそうな、幻想的な美しさを醸し出す少女の姿に、煌夜はしばし見入っていた。

 眼前の少女から、目を放せなかった。

 そして、少女の瞼がスッと開かれ、そのままこちらを見た。


「…………………なんだ、お前は?」


 意外にも少女の口調が外見と合わずぞんざいだったのが、煌夜を驚かせた。


「どうやってここまで来た。ここに私以外の者が現れるなど、今までなかったぞ」


 そう言われても煌夜はその問いに対する答えを持っていない。

 少女はしばし煌夜を観察した後、その形のよい双眸を大きく見開いた。どうやら驚いているらしい。


「お前、人間か!? どうして人間がここにいる? 『ヤツら』ですらここには入ってこれないというのに………」


 その言葉に煌夜は反応した。少女に近付いた。


「お前、ここがどこなのか知ってるのか!? なら教えてくれ! どうやったら帰れるんだ!? 俺、いきなりここに引っ張り込まれて訳が分からなくて……」

「引っ張り込まれた………?」


 煌夜の言葉を反芻した少女はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「………ここから出たいと言ったな」

「! 方法があるのか!?」


 煌夜は身を乗り出した。が、


「ある。だが無理だ」


 即座に否定された。


「………どういう事だよ」


 少女は頷いてから、


「………私の力ならここを破って脱出できる。 だが、無理なんだ」


 見ろ、と少女は自分の脚に視線をやった。

 見ると、少女の白いスラリとした片方の素足に、錆び付いた鎖が巻き付いていた。繋がれたその鎖は、遥か彼方まで伸びている。


「これは『枷』だ。これのせいで私は私本来の力を使えない」

「……これ、どこまで続いてるんだ?」

「どこまでもだ。この空間そのものに私は縛られていると言っていい」


 だから無理なんだ、と少女は言った。


「…………よくわからないけど、要するにこの鎖を壊してお前が自由になればなんとかなると?」

「……随分簡単に言うな。 まあ、そういう事になる」


 そっか、と煌夜は彼女の足に巻き付いている鎖に手を伸ばす。


「たがそれができればもうやっている。 これはそう易々とは壊れないぞ。私も何度やっても駄目だった。 少なくとも、お前のようなただの人間には―――――」


 言い終わらないうちに、バギンッ! という音が響いた。


「は?」


 と声を出したのが少女で、


「あれ?」


 という声を出したのが煌夜だ。


 見れば、少女の足に巻き付いていた鎖が粉々に砕け散っていた。残った破片はそのまま砂のようにサラサラとその形を崩していく。

 これに拘束力がなくなったのは、誰が見ても明らかだった。


「な―――――――!?」


少女が息を呑んだ。

 開放された自身の足を信じられない顔で凝視している。

 そのまま煌夜に勢いよく掴み掛かる。


「うわっ! 何!?」

「お、お前、一体何をした!? どうやってあれを壊したんだ!? いや、そもそもどんな手品を使えばあの『枷』が壊れる!? なんなんだお前は!?」

「い、いや俺ただ触れただけで特におかしな事はしてないんだけど。 大体アレなんかビスケットより脆かったぞ?」


 錆びてるしイケるかな? くらいに考えていたのだが、あまりの脆さに拍子抜けしたくらいだ。

 少女は呆然としたように煌夜から手を放した。

 そのまま放心したようになる。もしもーし? と顔の前で手を振ってみるが反応なし。

 すると、


「……は、はは……」


 少女の口の端が、徐々につり上がっていく。

 そして、


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!」


 突然壊れたように笑う少女を煌夜はギョッとして見る。

 少女はそのまま口の中で笑いを押し殺しているが、時折漏れる。


「くくくくくっ……。 いいだろう。理屈はサッパリ分からんが一つだけはっきりとしている事がある。 それは、私がもう自由だという事だ!!」


 そう言って、彼女はまた笑う。

 その言葉は、ここにいない誰かに向けられたもののように煌夜は感じた。


「小僧っ!! お前、自分がどこから来たか覚えているかっ!?」


 突如とした少女の変化に煌夜はただ振り回されるだけだ。


「え、あ、うん。 学校の屋上だけど」

「ガッコーノオクジョウ………?」少女は首を傾げたが、

「まあいい。この際どこから来たかは重要ではない。 覚えているかいないかだ」


 少女は不敵に笑う。そして、虚空に手を伸ばす。


「さあ、祝福の旋律を奏でようじゃないか、《死旋律》っ!!」


 少女の叫びと同時に、青白い光が彼女の手のひらに収束していく。

 次の瞬間、少女の手に何かが握られていた。

 それは鎌だ。それも少女の身の丈の倍、三メートルはあるだろう大鎌だった。

 その鋭利なフォルムは禍々しく、またどこか神々しくもあった。

 少女が大鎌をその細い片手で担いで再びこちらを見る。


「さあ小僧。 私にしがみつけ」

「はい?」


 物騒な大鎌と少女を交互に眺めながら、煌夜は言った。


「しがみつけって、何でさ? つかどこに?」

「どこでもいい。腰にでもしがみつけ。 お前の記憶と私の力で、この空間をぶち破る」


 煌夜は少女の言う事の意味が分からない。だが、その大鎌を使ってここから脱出するつもりだというのは分かる。そのためには煌夜が少女にしがみつく必要がある事も。


「えっと、じゃあ、失礼して」


 煌夜は膝をついて後ろから少女の腰に両腕でしっかりとしがみつく。少女の長い黒髪が煌夜の顔をくすぐる。腕から伝わってくる予想以上の細さに、煌夜は内心驚いた。

 そんな煌夜の動揺をよそに、少女は大鎌を構えて言う。


「さあ小僧、自分の本来の場所を思い浮かべろ! それが鮮明であればあるほど、正しい場所へと帰り着く!」


 煌夜はあの広々とした屋上を思い浮かべた。一度しか見ていないが、ハッキリと思い出せる。

 少女は星々が煌めく夜空を睨み付け、大鎌を振り上げ、

 そして、


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 肺に溜めた空気を全て吐き出すように、少女が吠える。

 大鎌が振り下ろされる。

 その一撃は空気を切り、音を殺し、暗闇を裂く巨大な斬撃となって天空へと発射される。

 斬撃が、煌めく夜空へと飲み込まれた。

 そして、



 バッギィィィィィンッ!!!! とガラスが砕けるかのような音が響き、夜空に巨大な裂け目が生じた。


「――――――――ッ!!」


 煌夜は息を呑むしかない。そのあまりの非現実さに言葉も出ない。

 裂け目からは光が漏れ出ている。あれが出口となる事の証明であった。

 そして、裂け目は全てを飲み込まんとする。







 煌夜と少女の身体が浮き上がり、そのまま裂け目へと吸い込まれていった。







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