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第三話:『穴』

「…………………酷い目にあった」


 結局、頑張って煌夜が戻ってきたのは午後の授業の一限目の終わり頃だった。

 しかも戻ってきたはいいものの、終わり頃とはいえ一応授業の真っ最中だったため、天神くん一体君は今までどこにいたのかねいや本当にごめんなさいでしたそして貴様らいつか覚えてろと教師に謝ったり原因となった三名に怒ったりを繰り返した煌夜は放課後にはすっかり疲弊しきっていた。 はっきり言って、不良相手のほうがなんぼかマシだった。

 そんな感じに一悶着あった後の放課後、煌夜はモモと教室に残っていた。

 一組生徒はその大半が部活動に参加している。そうでない生徒、すなわち帰宅部の生徒の大部分も学校終了のチャイムと同時にさっさと退散してしまっているため、現在教室に残っているのは煌夜とモモ(共に部活動未所属)の二人だけだ。

 ちなみに、由真は科学部(化学でないところがミソ)に、香花は生徒会に参加。委員長でありながら生徒会役員まで引き受ける彼女はあっぱれである。


「まあ、しょうがないと言えばしょうがないんじゃねえか? 確かにおれや由真から見ても立派なイチャつきっぷりだったしな」

「それだよ。 そのイチャイチャってのが分からないんだよ。 いや、確かに男の食いかけオプションつきの焼きそばパンを一女子生徒にあげてしまったのは悪かったと思うけどさ」

「………香花もつくづく報われねえな」


 はい? とモモを見るが何でもないと流された。小さな声で『無自覚でこれなら自覚あるラブカップルになっちまったらどれだけのモンになるんだ……?』と呟いているのが謎だ。


「まあ、いいや。とにかく帰ろう。 今日はもういい加減眠りたいし」

「だな。 帰りにゲーセンでも寄ってくか?」

「眠りたいという発言が聞こえなかったか低能野郎」


 そんなやり取りをして、煌夜は机の脇に掛けてあった学生鞄を手に取る。

 あとは帰るだけ、と思った時、視界の隅に何かを捉えた。

 人のシルエットだったような気がする。その人影はサッと教室から出て行ってしまったので、よくは見えなかった。だが、


(女の子?)


 よく見てもいないのに、何故だかそう思った。

 だがあれが男だったか女だったかと問われれば、迷いなく女だと答える。

 不思議とそれだけの確信が、煌夜にはあった。


(なんだろう? 妙に引っ掛かる……)


 ただ単に部活中の女子生徒が忘れ物でも取りに来ただけかもしれない。

 だが、それは違う、と煌夜の何かが訴えている。

 結論として、とても気になる。

 煌夜の行動は迅速だった。モモに『先に帰っててくれ』とだけ告げ、自分を呼び止める声も聞かずに少女の影を追って教室を出た。




 少女を追って、煌夜は今四階の廊下にいる。

 少女の影はさらに階段を昇る。だがその先は、


(確か、屋上だったよな? でもあそこ、基本的に立ち入り禁止なはずだけど……。 そもそも扉開いてないだろ)


 疑問は尽きないが、取り敢えず少女を追って自身も階段を昇る。

 すると、


「あれ、開いてる?」


 普段は施錠により一般生徒は完全に立ち入れないようになっているはずの扉が、完全に開け放たれていた。

 まるで、煌夜を誘っているように。

 一瞬、引き返したほうがいいのでは、という思考が頭をよぎったが、このままというのもそれはそれでスッキリしない。

 煌夜は扉を抜けて、屋上へと出た。

 初めて見たが、中々によい場所だった。フェンスで囲ってはいるが広々としていて風通しもよく、見上げれば夕暮れの空が見えた。普通に開放されれば、絶好のお昼スポットとなるだろう。

 だが、


「……誰もいない?」


 自分がここにやって来た理由たる少女は、文字通り影も形もない。

 見間違い…………だったのだろうか?


「いや、まさかこの歳で幻覚を見てしまったのか?」


 なんだよもー、と肩を落とし、妙に落胆した気分で、元来た道を戻ろうとする。

 だが、振り返る前に、そこに『あるモノ』が存在していたのを、煌夜は見逃さなかった。


「………ひび割れ?」


 そこにあるのはひび割れだ。いや、もちろんただのひび割れなら、煌夜だって気に止めなかっただろう。実際学校の壁や床などのひび割れなど別に珍しくない。

 だが、そのひび割れは明らかにおかしかった。

 壁や床ではなく、

 『空間』に、

 ひび割れが出来ていた。


「は…………?」


 思わず声が漏れた。

 そのひび割れは、煌夜の立ち位置から二メートルほど前方、ちょうど彼の目線の高さくらいの位置に存在していた。

 当たり前だが、普通、空間にひび割れなど起きない。


「……………?」


 恐る恐る、煌夜は近付いていく。

 なんなんだこれは? とそのひび割れに『触れようとして』、




 直後、

 バギンッ! と、まるでガラスが砕けるかのような音がひび割れから発生した。


「―――――――ッッ!??!」


 声にならない悲鳴をあげ、煌夜は伸ばした右手を引っ込めた。

 だが、突如発生した異変は、そんな煌夜をあざ笑うかのように進む。

 バギバギバギ……っ! とひび割れはまるで空間という大地に根を生やすようにその浸食を続け、

 浸食が収まる頃には、一つの不格好な『穴』が生まれていた。

 それは『穴』としか形容できないものだ。周りの景色が空の赤紫色なのに対して、それはどこまでも黒い。

 そして、その黒は確実に『向こう側』があることを証明していた。


「な――――」


 んなんだ、と続けようとした煌夜は、不意に強い追い風に襲われた。

 いや、追い風ではなかった。

 その『穴』が。

 今まさに煌夜を飲み込まんとしていた。


「――――――ッ!!?」

(な、なんだ!? 何なんだよ一体!? 何が―――)


 だが煌夜の思考は続かない。

 まるで蟻地獄のように。

 ブラックホールのように。

 悲鳴をあげる間もなく。

 その『穴』は、煌夜を飲み込んでいった。

 煌夜を飲みきったその『穴』は、まるでビデオの巻き戻しのように『穴』からひび割れへと戻っていき、

 最後には何もなくなり、広々とした屋上だけが残された。

 まるで、最初から『穴』などなかったかのように。

 異変など何もなかったかのように。

 一人の少年が、『この世界』から完全にいなくなってしまった事も、嘘だとでも言うように。







 ただただ、消えた。








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