第二十六話:はじめてのてすと
とある高校の授業、現在は家庭科の調理実習。メニューはケーキ。ケーキといってもかなり自由度が高く、必要な材料さえ持ってくればイチゴだろうがモンブランだろうがウェディングだろうが何でも作ってよいとの事。という訳で、各自がそれぞれの班に別れ、ケーキ作りに奮闘しているのであるが――――
「だからちょっと待ってルミア! そのイチゴはショートケーキをつくるのに必要な材料であって決してそのまま食べる物じゃ―――って、ああ! マイベリーがお口の中に!! これじゃイチゴケーキが作れない!」
「ふっ、分かっていないなコウヤ。こういうのはすぐに食べた方がうまいに決まっているのだ。という訳で、貴様らの食い物を全てこのルミア様に献上するがいい!!」
「ってそれただ待てないだけだろ! みんな! この食欲魔人に屈しちゃ駄目だ! 意地でも死守してケーキを作れぇ!!」
「了か―――うおっ、こっち来たぁっ!」
「大丈夫か山本―――ぐはっ! しまった、ウチのスイーツがやられた! ち、ちくしょう、あとは任せた……仇は取って……がくっ」
「さ、笹岡君っ! 笹岡く――――ん!!」
「怯むな! 相手は一人だ!! A班B班は総掛かりでターゲットを押さえろ! その隙にこちらで(ケーキを)完成させる!」
「分かったわ!」
「ふっ、面白い。貴様らごときで私を止められるか!?」
「行くぞォ!!」
『オォー!!』
「………あ、あの、皆さん、調理実習って、こういうのでは……」
「無駄だにゃー香花ちゃん。これはいわゆる戦争。その流れを断ち切る事はできないんじゃよ。かなしいものだな……」
「で、でも……」
「大体家庭科教師の竹原センセーが現状にサジを投げてる時点で私らに止める術はないにゃ。あの教師面倒くさがりだからにゃー」
「ったく馬鹿どもが。こういうのはさっさと作ったもん勝ちなんだよ」
「おや、モモさんもうケーキできたにゃー?」
「おう。見ろ、自信作『ニャンコたんケーキ』だ」
「ニャンコたんケーキ!?」
「す、凄いです! 食べてしまうのがもったいないくらいに可愛いです!」
「ちゅーかなんちゅーか、本当にコレケーキ? 完成度が高すぎてつっつけば鳴き出しそうな………」
『にゃー』
「!? 鳴きましたよ!?」
「あ、それおれの声マネ」
「紛らわしいですっ!」
「こりゃあうかうかしてられん。香花ちゃん、今すぐウェディングケーキの準備だにゃー!」
「は、はいっ――って、何でウェディングなんですか!?」
「ふっ。みなまで言わす気かい恋する乙女よ」
「う、うぅ……」
「オメーら好きだなそのノリ……」
「見つけたぁっ! その畜生ケーキを寄越せぇ!」
「ぎゃああ! ルミちゃんがこっちに突撃してきた―――!!」
「ちっ! 狙いはおれのニャンコたんか! させるかぁっ!」
「どけ赤唐辛子!」
「断る! っつーか人を辛い物呼ばわりすんなバカ女!!」
「ふんっ、ならば力ずくでいただくまでだぁっ!」
「やってみろ! おれの可愛いニャンコたんには指一本触れさせねぇ!」
「うォおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「おらァあああああああああああああああああああああ!!」
…………なんと言うか、平和だった。
「テスト?」
誰かがそう呟いた。
「そう、明後日に英語のテストをします。まぁテストといっても簡単なものなので、普段からちゃんと勉強しておけば解ける問題ばかりです。一応成績には加味されますから、しっかりと点数が取れるよう勉強してきてください」
なんだよそれー! という生徒達のブーイングを教師は無視して、その日の英語の時間は終わった。
「うおぉ、やべぇ……英語のテストなんて、勉強してねえよ……」
放課後、自分の席の前でモモが泣きそうな表情でぶつぶつ呟いていた。そりゃそうだろうと煌夜は思う。突然のテスト実施の宣言に加え、彼はイングリッシュが大の苦手であるからだ。
「で、でも普段から勉強してれば点数は取れるんだろ? 大丈夫だって」
「……お前、おれの英語の成績知ってるだろ」
「……うん、まぁ」
ビリッケツ(赤点)ですね。
そんな事は思っても口には出せなかった。
「えっと、ルミアはテストの方はどう?」
煌夜は隣りの席に座り不思議そうにモモを眺めていたルミアに尋ねる(モモが『母ちゃんに折檻される……』と物騒な発言をしていたが、いつもの事なのでもう気にしない事にする)。
「ん?」
きょとんと彼女はこちらを振り向く。
さてどう来るか、と煌夜はルミアの応答を待つ。
煌夜は彼女が真面目に授業を受けている姿を見た事がなかった。いつも寝ているか頭を抱えているかのどっちかである。そんな態度故、いかに今度のテストが簡単なものだとしても果たして彼女に解けるものか、という不安がある。
まぁもし(万に一つも有り得ないだろうが)彼女が授業を受けなくともスラスラと問題が解ける天才肌ならばそれで問題はない。が、もしここで『全然ダメ』などの答えが返ってくれば自分ができる限りの協力をせねば、と煌夜は使命感にも似た思いを抱いていた。
そして、ルミアはパチクリと瞬きを数回繰り返した後、
「なんだそれは?」
…………………………………、
「………ごめん、もう一回」
「だから、『てすと』とはなんだ? うまいのか?」
さも自分が当然の質問をしているだろうという風体で、ルミアが再度問い返した。
うまいのか、って。
いくらなんでも………と煌夜は視線を巡らせて、たまたまモモと目が合った。
二人は揃って、
『………どうしよう』
プルルッ…… プルルッ………ガチャ
「あ、もしもし由真? 煌夜だけど。うん、あのさ、まだ学校にいるか? っていうか今暇? 時間ある? ……え? いや、残念ながら遊びのお誘いじゃないよ。むしろその逆かな。………うん。そう、平さ―――香花も誘って。彼女の力は凄く助かるからさ。そう、これから。学校で――――
テスト勉強」
「いいですか? ここの『might』は『~かもしれない』、『be related to~』は『~と関係がある』と訳します。つまりこの文は『彼はアメリカ原住民は日本人と関係があるかもしれないと信じていた』、という文になる訳です。今の二つの部分を押さえておけばこの文は大丈夫ですよ。さ、では声に出して読んでみましょう。先程教えた通りに、どうぞ」
「う、うむ。えっと……ひ、ひーびりーぶど…………ざっと……?」
「にゃー。H2o~」
「由真、今は英語の勉強だ。化学の時間じゃない」
「○♯√∂@♪」
「モモ、分からないからって謎の言語で喋り出すのはやめよう。それが分かるのは宇宙人だけだから」
片岡由真、平坂香花という心強い味方(ほとんど香花の力だが)を得た煌夜はモモ&ルミアも加えた計五人で明後日のテストに向けての勉強に勤しんだ。
そして…………
「よーし、この間のテストを返却するぞ~」
後日、教師から名前を呼ばれ、返されたテストを見た生徒達の反応は安堵に胸を撫で下ろす者、悔しさに頭をかきむしる者など実に様々であった。そんな中、煌夜達はというと、
「………納得いかねえ。なんでおれが五〇点でバカ女が満点なんだ!」
悔しそうにプルプルと握った拳を震わせながらそう言うモモを煌夜がなだめる。
「まぁまぁ、いつもなら三〇点にも届かなかったんだから、いい結果じゃないか」
「うるせえ満点野郎! いや確かに良かったけどさ! 母ちゃんに折檻されずに済んで良かったけどさ!」
「にゃー、きっと元々の潜在的ポテンシャルの差じゃよ。しかし私モモさんより英語できたんじゃねそんな私は七十五点!」
「あ、あはは……」
香花・煌夜・ルミア……満点
由真……七十五点
モモ……五〇点
これが今回のテストにおける彼らの戦果である。しかし真面目な香花は納得できるとして、まさかルミアが満点を取るとは誰も思わなかっただろう。これが二日前はテストの概念すら知らなかった少女の点数なのか。香花のご協力があったとはいえ、もしかしたら以外と要領がいいのかもしれない。
「嬉しそうだね、ルミア」
煌夜は隣りでニコニコ笑っている少女を見る。
「ん? そうか?」
「うん。初めてのテスト、いい結果で終わって良かったね」
「む? いや、てすとはどうでもいいのだ」
「え?」
どういう事かと首を傾げる煌夜に、ルミアは何やらもじもじと言いにくそうに、
「その、何と言うか……てすととかいう物はクソつまらない上に簡単だったのだ。ただ……、ああしてお前達と何かをやってみるというのがな………その、なんだ。……………………た、楽しかった、というか……」
最後には小声になってそっぽを向いてしまった彼女を、煌夜は温かい目で見る。
「うん、そうだね。こうしてみんなで頑張るって、やっぱり楽しいものだよ」
「そ、そうなのか?」
うん、と煌夜はもう一度頷いた。
「でも、これだけじゃない。きっとまだまだ楽しい事はあるよ。一人じゃ絶対に味わえないような、ビックリするくらいの楽しさがさ」
「………そう、か」
そう呟いてルミアは笑った。この先に味わうだろう楽しさに、思い馳せているような、そんな笑顔だった。