第二十二話:蘇る死の旋律
ルミアに着いて来て辿り着いたのはとある公園。そこには案の定モモの姿があった。
彼の他には獣耳を生やした―――恐らくは獸人の少女―――と、赤い刀身をした刀を握った白髪の少年がいた。
煌夜はそれだけで大体の状況は理解できた。だからこそ躊躇なくその戦場に飛び込み、間一髪のところで凶刃から少女を助ける事ができたのだ。
「はっ? さっさと終わらせる、だと?」ルミアの蹴りを喰らって倒れた少年、涼は顔を拭って、「随分簡単に言ってくれるじゃねえか。テメェらはなんだ、遅れてやってきた正義の味方かっつー、のっ!!」
涼がルミアに鬼神刀を薙ぐ。彼女はそれを軽く後方に跳んでなんなく避けた。涼は立ち上がり、乱入者達を睨み付ける。
「………テメェらは赤鬼のダチか」
「ただの友達じゃない。親友だよ」
サラッと言ってのける煌夜を涼は鼻で笑う。
「はっ、親友だ? そこの雑魚に親友なんて酔狂なヤツがいたのか」
この物言いには煌夜はカチンときた。
「酔狂って点は否定しないけど、人の親友を雑魚呼ばわりするのはやめてくれるか? モモは強い奴だ」
状況に着いていけず呆然としていたモモがハッとなった。涼はそんな彼を横目で見つつ、バカバカしいという感じに、
「強い? そいつが強いだと? 違うね、そいつは雑魚だ。俺にまるで歯が立たない、ただの虫けら同然なヤツだ」
「今のお前が強いのは自分の力ではなく、その刀の力だろう」
批難するようにそう言ったのはルミアだ。彼女は変貌した彼の魔腕を見、それから地面に刻まれた壮絶な爪痕に視線を向けてから、
「この破壊力……肉体強化だけではないな。お前、人間を切っただろう」
その言葉に煌夜はギョッとして、涼を見る。
「あ? ………ああ。そういえば切ったな、学校の先輩。あとその舎弟どもか」彼は冷たい笑みを浮かべ、「腕を浅く切ってやっただけで、情けない声上げてたな。赤い血を流してヒィヒィ言いながら無様に逃げ回ってたよ。思いの外逃げ足が早くて殺し損なったけどな」
まるで己の武勇伝を語るように、それが誇らしい事だとでもいうように、彼は言った。
「テメェ、なんでそんな事……」
信じられないといった顔で呟いたモモに涼は、
「なんで? 決まってんだろ。ウザかったからだよ」
ただ一言、迷いなくそう言い放った。
「ウザかった、から?」
モモは愕然としながら彼の言葉を反芻する。リーナは怯えるように体を震わせ、ルミアは眉を顰めた。
「ああ。ウザかったからだ。ちょっと喧嘩ができるからって、ホントは大して強くもないくせにいつも威張りやがってよ。周りもそいつにへいこらしてて、見てるだけで胸糞悪くてウザかった。だから殺そうとした。それだけだ」
そこまで口にしてから、涼は固まっているモモやリーナを見て、ニヤリと笑った。
「なんだ、信じられないって顔だな。でも別におかしな理由でもねえだろ? 世の中の殺人するヤツらなんか大体そうだ。殺したいから殺す。それだけで充分なんだよ、人殺しをする理由なんてのは」
「そんな事……」
気に入らないから壊す。そんな子供じみた理由で人殺しなど成立する訳がない。だが涼は首を振る。
「そんなモンだよ。正直な、俺は『今』っていうのに飽き飽きしてたんだよ。学校行けばうぜえ無駄に先輩風吹かせたやつらや口うるせえセンコーがいて、家に帰ればまたうぜえ親がいる。勉強しろしろうるせえんだよ。俺の人生は俺が決める。誰にも何も言わせねえ」
彼は鬼神刀を掲げてみせた。
「都合よくこんなすげえモンまで手に入れちまったしな。こいつを使わねえ手はねえだろ? 赤鬼との戦いで、俺は自分の力を確信した。テメェらを殺った後はこいつで気に入らねえもの片っ端からぶっ殺す。親? センコー? 関係ねえな! 俺にたて突くヤツは皆仲良くあの世行きにしてやる! クソつまんねぇ世の中を破壊で染め上げてやるぜ!」
狂笑。
狂ったような笑い声を辺りに響かせる少年は、まるで狩りの楽しさを知った獣のようであった。
モモもリーナも何も言えない。言う事ができない。先程その力を受け、目の当たりにした二人には、もはや目の前の少年に歯向かうだけの気力も戦意も残されていなかった。このままでは命を刈られてしまう事すら、どこか遠くの出来事のように思えた。
だが、
「――――――哀しいな、お前」
静かで、だが微かな怒りを滲ませた声が聞こえた。
煌夜が発したものだった。
涼は笑みを止め、煌夜を眺めた。
「なんつった、お前?」
「哀しい、って言ったんだよ」
変わらずの態度でそう返してくる煌夜を涼は睨み付ける。小動物くらいならそれだけで殺せそうな巨大な殺気を視線に込めてぶつけ、だがそれでも煌夜は動じなかった。
「哀しい、だと?」涼は頬を引きつらせて、「俺が哀しいヤツだってのか?」
煌夜は頷いた。
「ああ。お前はすっごく可哀相なやつだ。もう哀れ過ぎて何も言いたくないくらい」
「テメェ!」
涼は激昂し、刀の切っ先をこちらへと向けた。煌夜はやはり動じる事なく、真っ直ぐにそれを見据える。
「……世の中がつまらない………そう思う気持ちは、分からなくはないよ。俺も昔は、世界も、自分自身もすごくつまらないちっぽけな存在だって思ってた」
―――ああ、なんで俺は――――
煌夜の脳裏に映ったのは、過去の自分。“ある理由”から、世界にも、自分にも絶望してしまった黒の記憶。
―――なんで、俺は――――
だが、
「でも、そんな事はないんだ。全部が全部つまらないなんて事はない。それはただ、俺が世界を楽しもうと思っていなかっただけで、少し見方を変えれば、世界はすっごく綺麗に見えるんだよ」
普通に学校に通って、授業を受けて、時には難しいテストとかに四苦八苦して、その分放課後や休日には思いっきり友達と遊んで。
そんな『普通』な事でも、きちんと目を向けるだけでその楽しさは何倍にもなる。それを『当たり前』だと切り捨ててしまう人間、そして涼のように、楽しもうとする事も放棄してしまう人間が、いつか世界をつまらないと感じてしまうのだ。
「全部の人間がそうだとは言わない。でも、お前はそれができる立場にいるんだ。その事を理解しない限り、お前はずっと可哀相なやつのままだよ」
その場にいた者達は、一人残らず煌夜の言葉に耳を傾けていた。
彼らが今何を思っているかは煌夜には分からない。
だが、それは決して不愉快な顔ではなかったように見えた。
一人を除いては。
「くっ……そ。テメェ………」
カチカチという音。
鬼神刀を持つ涼の腕が震えていた。
怒りとも困惑とも動揺とも取れる表情をした彼は、腕と同様に震える声音で、
「ざけんな……なに、説教してんだよクソが……。テメェも親やセンコーと同じだ。うぜえ…………うぜえうぜえうぜえうぜえうぜえッ!!」
なにかをふり払うかのように赤い刃を振り上げ、
「まずはテメェからぶっ壊してやるッッッ!!」
斬! と縦に振り下ろされた刃が再び『飛ぶ斬撃』として煌夜の元へと飛来する。より力と殺意の濃さを増した斬撃は一つの命を奪い去るには充分過ぎる威力だ。
「っ、煌夜!」
モモが叫ぶが、煌夜はそれを避けようともしない。
(こいつには―――)
少年の肉体を真っ二つにせんと、斬撃が迫る。
そして、
(負けられない!)
バァアアン!! と爆弾が炸裂したような轟音が響き渡る。
「なっ………!?」
涼が驚愕したような声を上げる。いや、涼だけではない。声にしていないだけで、モモもリーナもルミアも、その表情は驚愕に染まっている。
「………これは……」
ただ煌夜一人だけが、半ば呆然とした声を漏らしていた。
彼の体が両断される事はなかった。
彼と斬撃との間に、まるで全てを守り抜く盾のごとく、ある物が割り込んできたからだ。
煌夜の背丈より倍近くの大きさ。禍々しさの中にどこか神々しさが見えるフォルム。
それは見覚えのある大鎌だった。
そして煌夜は、その大鎌の名を知っている。
「――――《死旋律》!!」
ルミアがその名を叫ぶ。
彼女の武器であり、また彼女の力の象徴である大鎌だった。
何故、と疑問に思う暇はない。
「コウヤッ!」
彼女が自分の名を呼び、自分に向かって手を伸ばしているのが見え、それだけで何をすべきなのか分かった。
煌夜は両手で眼前の大鎌を掴む。巨体な見掛けにそぐわず重さをほとんど感じない。そして何より、最初から自分の物であったかのように手に馴染む――――が、その感覚も一瞬。彼は力の限りそれを少女に向かって“ぶん投げた”。
「なっ……!」
涼を含めた他の三人は目の前の光景を信じられないものを見る目で見ていた。当たり前だろう。ばかデカい鎌がまるでブーメランのようにくるくる回転しながら飛んでいるのだから。
ガシッとルミアは危なげなくそれを掴み取り、構えた。そして所有者たる少女の手に戻った大鎌は目に見えない何かを放出する。バンッ! と少女を中心として突風が吹き荒れる。
「く――――はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは! 戻った! 戻ったぞ! ようやく私の力が戻った! これだ! この圧倒的な力! やはりこうでなくてはな!」
出会った当初に見た、歓喜に満ち溢れた叫びを彼女は放つ。
「さて、随分と好き勝手やってくれたようだが、それもここまでだ。今からこのルミア様が死の旋律を貴様の身体に刻み込んでやる!」
少女の姿をした死神はそう宣言した。
最近『ガンダムVSガンダムNEXT』をやってます。皆さんはガンダム好きですか? 作者は現代っ子なのでSEED系か00しか見た事はありません。好きなキャラクターと機体はキラ・ヤマト氏とストライクフリーダム。ハイマットフルバーストがかっこよすぎます。アスランやシンも好きです。ただカミーユさんはゲームをしただけではどうしても好感を持てません。主人公としての問題発言連発で………いいところもあるのでしょうが………。