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第十九話:『いってきます』

 その日も気持ちの良い朝だった。

 早朝特有の澄んだ空気。深呼吸するにはもってこいだ。人々が活動し始める時間帯となったが、人通りの少ないこの区域では未だ心地よい小鳥のさえずりも聞こえてくる。

 そんな理想的な朝に、





 少年百田太郎はめいっぱいの土下座をかましていた。





 百田家居間にて、朝食を摂っている家族の中で、ただ一人彼だけがそんな事をしていた。ついているテレビになど目もくれず、ただただ彼の奇行を凝視している家族三人+α。

 いや、別に彼自身が何かやらかしてしまった訳ではない。むしろやらかすのはこれからだと言える。


「太郎………あんた、一体何してんの?」


 一家を代表してこの家の最高権力者百田友莉奈が怪訝を通り越して不審そうに尋ねてくる。


「あんたが頭を下げるなんて………別に珍しくもないか。しょっちゅうへいこらしてるもんね。漢としちゃ情けなさの極みね。で、今日は何やらかしたって?」

「好きでペコペコしてんじゃねえよ原因はあんただあんた。ってそうじゃなくて」


 一度頭を上げてツッコミを入れてから気を取り直して再び土下座。そしてついに、


「母ちゃん、いえお母様。今日…………学校を休ませてくれ!」


 言った。





 そもそも何故モモが朝っぱらから土下座なんかかましているのかといえばこのたった一言、『学校を休みたい』という字数にしてたった七文字の願望を母上様にお伝えするためである。

 昨日、一人の少女に宝探し宣言してしまったモモだが、探しに行く以前に自分の前にはとてつもない分厚い壁がそびえ立っている事をすっかり失念していた。

 当然ながら、どこかにある探し物を見つけるためには本日の学校を休む必要がある。そしてそのためには、百田家の絶対君主にその旨を伝える必要があった。

 そう、百田友莉奈である。

 友莉奈は基本(自分に対してのみ)放任主義者であるが、教育について言えば大変お厳しい方でもある。テストで赤点なんて取ってしまった日には体罰鉄拳制裁当たり前、その週の休日には五時間にも及ぶ長時間のお説教に反省文のレポートをけんしょう炎になるまで書かされ続ける等々………という地獄パラダイスが待っているのだがあまり思い出したくないのでこれ以上の詳細は省く。

 ともかくそんな母に生まれて初めて『学校を休みたい』という申し入れをしたのだ。生命の危機を覚えないはずはない。実際真剣そのものの表情だが、心の中では時世の句を書き始めているモモである。


「……………………ふーん」


 モモの言葉を吟味するように友莉奈が呟いた。どんな表情をしているのかは頭を下げっぱなしのモモには分からない。


「……………理由は?」


 ポツリとそう尋ねてくる。モモは視線だけ動かしてリーナを見る。


「……………ちょっと、その女の失くし物を探すのを手伝ってやりたい」


 嘘をついたところで二秒と保たずに看破されるのは目に見えているので正直に言った。その『探し物』については触れないが。


「……………そう」


 カタッ、とわずかに机が揺れる音がした。友莉奈が席を立ったらしい。そしてポンと肩に手を置かれる。


「太郎」


 なんだよ、と返事をする暇はなかった。

 気がついたら、世界が逆になっていた。


「はっ!?」

天罰ジャッジメントッッ!!」

「ごべあぁあああ!?」


 ガツン! という音。そして頭部に鈍痛。それから土下座していた自分が友莉奈の手で一瞬のうちに逆さまに投げられ頭から床に叩きつけられたのだと理解した。


「もっ、モモさーん!?」


 リーナが心配そうな声を上げるが父と弟は苦笑しているだけ。それだけこの一家にとっては今のやり取りは日常茶飯事なのものだという事だ。

 そして『ふぬあああああああああああ!!』と両腕で頭やら首やらを押さえてのたうち回るモモに友莉奈は一言告げた。


「行って良し!!」

「ぐおおおおおおおおお……………え? 今なんて?」


 一瞬痛みも忘れて尋ねる。


「だから許すっての。二度も言わせんじゃないわよ馬鹿息子」


 本物の馬鹿を見るような目でモモを見るお母様。


「え、え、マジ?」

「マジよん。まあダルいー、とかそんな理由だったら風穴空けてたとこだったけど」

「どこにだどこに」


 サラッととんでもない事を口走った。


「でも、人助けって理由なら、大いに結構よ」


 ふいに、彼女は優しさに満ちた表情を見せた。今まで母のこんな表情を見た事は、ないような気がする。


「いい? あんたはあたしの息子。そんであたしはあんたの母親よ? だからあんたの事はあたしが一番よく分かってる。―――――あんたは凄い馬鹿よ」

「おいおい待てよ母ちゃん」


 モモが呆れたような声を出す。だが友莉奈はそれを無視する。


「そう。あんたは凄い馬鹿よ。雅月と違ってテストじゃまともな点数取ってこないし変な髪型はしてるし女の子にはモテないし喧嘩は大好きだしの大馬鹿よ」


 でもね、と母は続ける。


「そんなあんたでも、いいえ、そんなあんただからこそ大切なものはちゃんと持ってる。友達や家族や動物―――自分の好きなもののためならどんな相手にだって躊躇なく立ち向かっていく、そんな馬鹿さをあんたは持ってるの。気づいてる? あんた、自分のために喧嘩した事なんか全然ないのよ?」


 そうだろうか? とモモは思う。いちいち『誰かのために』、なんて考えた事はなかったが。


「だから、そんな馬鹿なあんたの母親である事をあたしは恥じた事はないわ。むしろ誇りに思ってる。それだけは本当よ」


 本当に恥じらいもなくそう言ってのける友莉奈。その姿は、どんな相手にも誇れる『母親』そのものだった。

 モモはひっくり返ったままそんな母親を唖然と見つめ、


「なんで、急にそんな事言うんだ?」


 そう問われた友莉奈は首を傾げながら、


「んー、何だろ。何となく言っておかなくちゃいけない気がしたのよ」


 変よね? と苦笑する。

 もしかしたら、とモモは思う。もしかしたら、母はこれから自分がしようとしている事に何となく気がついたのかもしれない。何を、とか、どうして、とかそういった具体的な内容ではなく、本当にただ『何となく』という漠然とした予感のようなものを。

 昔から、どうしてもこの母親にだけは隠し事ができなかった。どうやらそれは、今も変わっていなかったらしい。きっと今の台詞は(無意識だろうが)友莉奈なりの励ましだったのだろう。

 心中で母に礼を言うモモは、ふと気がつく。


「……………あれ? つーか許可してくれるのなら、なんでおれ投げられたの?」


 思わず呟いたその言葉に友莉奈はあっけからんと、


「ん? いや、そっちの方が何となくシリアスなムード出ると思って。なんて言うの、気分的な問題?」


 直後、無謀にも暴君の圧政に耐え切れず牙を剥いた一人の反逆者が制圧兵器『必殺・ママさんチョップ』によりしばしの間眠りの世界へと旅立ったのはまた別の話。










「モモさん大丈夫っスか? ………首が変な方向向いてるっス」

「おかしい………何故か記憶が抜け落ちている。謎だ。ハッ! まさかこれが風の噂に伝え聞く健忘症とやらか!? なんて恐ろしい………!」

「いや、完全に見当外れな上全然これっぽっちも疑問じゃないんスけどねソレ」


 しばしの眠り(気絶とも言う)からようやく復活を果たしたモモはリーナをお供に鬼ヶ島………ではなく鬼の刀探しに出発しようとしていた。

 ちなみにリーナの服装は出会った際のボロきれ的なものではなく、わりと真新しい女性物。女の子がそれじゃあもったいないだろうと母が昔の自分の服を貸してくれたのだ。リーナのサイズにピッタリなのを見る限り恐らく友莉奈が十代だったころの物だろうが、よくそんな物今まで取っておいたものだと感心する。ついでに女の子がいないこの家でその服をどうするつもりだっのか疑問を持つ。


「まあ何はともあれ出発だ。近くに落ちてりゃいいんだけどな。見つけられませんでしたじゃ笑い話にもならねえ」


 リーナの話しによればこの街のどこかにあるらしいが、あまりに分かりにくい場所にあっては困る。どこかのビルの屋上とか茂みの中とか。



「そこらへんは大丈夫っス。あれの臭いは覚えたっスしすぐ見つかるはずっスよ」


 リーナが任せろという感じに自分の鼻を指差す。モモは適当に感心した声を上げた。


「はーん。嗅覚まで犬並ってか? 便利そうだなそりゃ」

「いやいやそうでもないんスよ。ゴミの臭いとか吐きそうになるっス。本気と書いてホンキっス」

「マジじゃなくてか」

「っていうか、あてもなく闇雲に探し出すつもりだったんスか?」

「バッカ闇雲じゃねえよなんつーの、気合いと根性? もしくは都合よくなにかしらの特殊能力開・眼! っていう感じで」

「………ふっ」

「は、鼻でわらったなあ!?」

「だっーてぇ、要するに無策だった訳っスよね? 私の鼻に頼るしかない訳っスよね? ふっふーん♪ 人にバカバカ言っといて実はモモさんが一番のおバカさん―――」

「よーしここを動くな生きたまま生ゴミ埋めの刑略して『ナマナマの刑』にしてやる」

「何スかその考えうる中でも最低の刑っ! 外道! この外道!」

「オプションのくさやと納豆と汗だくの力士はお好みでお願いします」

「ぶっふぁ想像しただけで鼻がぁ!」


 これから世界を救おうとしている勇者の会話とは思えない談笑をしつつ玄関の扉を開けようとして、


「ああ、ちょっと待って兄さん」


 唐突に呼び止められた。

 振り返って確認するまでもなく、そこにいたのは弟の雅月だった。既に学生服を身に着け、いつでも行けますスタンバイオーケーな状態で微笑みを浮かべながら立っている。


「何だよ雅月。おれ結構急いでんだ。用があるなら手短にな」

「うん、大丈夫。僕の用はすぐに済むよ」


 そう言いながら彼はポケットから何かを取り出した。


「これ、持っていって」


 手渡された物を確認して、


「? 何だよこれ?」


 それは石だった。手のひらに乗る程度の大きさで、ルビーのように赤い、透き通った美しい石。まるで宝石のようだが、特に石に詳しくもないモモには判断がつかない。


「そうだね………何ていうか、御守り、みたいな物かな? 持っていればきっと『いい事』があるから、持っていって?」


 モモはその石と弟を交互に見てから頷いた。


「は~ん。御守りねえ。ま、取り敢えずサンキュー。ありがたくいただいていくぜ」

「うん。ああ、壊しちゃ駄目だよ? ………まあ、壊そうと思って壊せる物でもないんだけど、念のため」


 『?』と頭上に疑問符を浮かべながらもモモはポケットに石をねじ込む。


「うっし! んじゃあ行ってくるぜ!」

「あ、待ってくださいっスモモさん! 雅月さん、お世話になりましたっス!」


 二人は雅月に挨拶を済ませて今度こそ外へ出た。


「気をつけてね、二人とも」 がらんとした玄関に残されたのは、そんな微かな呟きだった。







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