第十八話:とある一日 ~少年Bの場合その二~
「…………えーと、話をまとめるぞ? お前は、ここではないどっかの村の村長の孫娘で、」
「はいっス」
「んである日いきなり空が割れて、」
「もうバリんバリんに砕けてたっス」
「お前は空にできちまった『穴』に吸い込まれて、」
「そりゃあもう勢いよく『スッポーン!』って。いやはやお恥ずかしいっス。…………あれ、ていうかよく考えたら父母や皆は無事だったのに吸い込まれたの何故私だけ? 不公平を感じるっス」
「そん中でおれがぶちのめしたデカ猫に追いかけられて、」
「中真っ暗で食われるかと思ったっス。食うのは大がつくほど好きっスけど食われるのは超がつくほど御免っス」
「で逃げ回ってクタクタのボロボロになった結果またよく分かんねぇ『穴』に落ちて出て来たらあの道路だった?」
「そのとーりっス!」
ぐっと親指を立てながら最高の笑顔を浮かべるリーナ。一方彼女の事情を聞いたモモはといえば、思いっきり眉を寄せながらただ一言。
「…………えー…………?」
「ちょ、なんなんスかその疑い百パーのまなざしは!?」
だってよー、とモモは頬を掻きながら、
「お前の説明全然分かんねえし、内容意味不明だし、なんつーか、バカ理論?」
「ばっ!? バカとはなんスかバカとは!? お言葉っスけどあなたにだけはバカとか言われたくないっス!!」
「ああ!? あんだと!?」
「言葉遣いが悪いっス! 服装がだらしないっス! 知的な雰囲気皆無っス!」
「悪かったなこりゃおれのポリシーだ犬モドキ! 第一今時知的とか流行らねえんだよ!」
ぎゃいぎゃい騒ぎながらポカポカ殴り合う。会って間もない二人だが、かなりうち解けられているらしかった。
「と言うか!」とぜえぜえ言いながら一旦拳を収めたリーナが、「意味不明なのはあなたの方っス!」
「あん?」
「あんな化け猫を武器も使わずお手手で撃退♪って、何者なんスかあなたは!? 見た感じ私らみたいな獣人とかじゃなく普通の人だし!!」
「おれ、喧嘩は得意なんだ」
「あーなるほど――――――ばかな!? まさかその一言で片付ける気っスか!? そんな簡単な問題じゃないっス!!」
うるせぇなあ、とモモは頭を掻きながら、
「別にいいじゃねえか理屈なんかどうだってよ。あいつよりおれの方が強かったって、ただそれだけだろ? いちいち細けぇやつだな」
「細かい………!? これ、細かいっスか…………!?」
これまでの自分の価値観を覆されたらしい少女が信じられないといった様子で頭を抱えた。そんなリーナを完全無視してモモは再度口を開く。
「おい」
「………ではまさか、あの時お隣りのリンちゃんに貯蔵しといた大量のまんじゅうを全て食べ尽くされたのも細かい事…………はっ、なんスか!?」
ばばっ、と身構えるリーナ。さっきからこいつは何と戦っているんだろう? と疑問に思いながらも口には出さず、それとは別の質問をする。
「さっき言った、わい………わい……」
「獣人っス」
「そうそれだ。わいざ~ってなんだよ?」
「微妙に小馬鹿にした言い方が腹立つっスが落ち着け自分。えっと、簡単に言っちゃえば獣人、獣人間っス」
「じゅうじ~ん?」
「いよいよ殴りたくなってきたっスが耐えろ自分。私らの国にはあなたみたいな『人間』と『動物』、その両方の特徴を持ち合わせた『獣人』の三タイプの生き物がいるんス」
「ふ~ん…………て、え。な、んだと…………?」
小指で鼻の穴をほじほじしていたモモは突然愕然とした表情になって、そのままガタンッ、と崩れ落ちた。え、何事? とリーナは首を傾げる。
「人と動物を、合わせた………?」
「あのー、もしもーし?」
リーナの呼び掛けにもモモは応えない。ただひたすらにorzのポーズを取りながら、それでいて絶望しきった呟きを漏らす。
「安易に、安易に二つを掛け合わせちゃ駄目だろ…………」
「すいませーん?」
やはりモモは応えない。ただつらつらと呪詛のような呟きが続く。
「そもそも犬猫に代表される動物ってのは姿もそうだがその生き様とか習性とかも含めて魅力的なんであっておれはそういうところに惹かれる訳だよでもそれを人間にミックス? はっ、気持ち悪ぃ冗談だぜなんだってわざわざそんなケーキにゴミぶち込むみてえな真似しなくちゃいけないんだよ変な番組で獣耳付けたアイドルが『にゃん♪』とか言ってるのを見た日にゃテレビ殴りつけるかと思ったぜまあ母ちゃん怖ぇからやらねえけどよ大体想像してみろよリーゼントのチンピラが猫耳装着したシーンをよ吐き気どころの騒ぎじゃねえよ世界の終わりだろンなもん」
「ひ、一息!? ていうかあのう! さっきからすげえ不気味なんスけどしっかりしてくださいっス!」
その叫びにピクリ、とモモが反応した。そのまま頭だけ上げてリーナを見る。とにかく見る。頭の先から爪先までしっかりと見る。いやらしいとかではなく、お宝鑑定的な視線で。それからややニヒルに笑って、
「………………結果、こういう犬だか人だかよく分かんねえヘントコリン子が生まれちまうんだよ」
「あ、あれー!? いつの間にか私全否定されてるっス! しかもヘントコリン子って!! なんスか! 私のどこらへんがそんなに気に入らないんスか!?」
「何もかもだよバカァ! はいはいじゃあ第二の質問ですけど最初の犬語は何だったんですか馬鹿野郎!? キャラ作り以外のなんでもないだろ馬鹿野郎!! 無理に動物キャラ意識すんなよ恥ずかしいんだよ馬鹿野郎ぉ!!」
「馬鹿馬鹿言わないでほしいっス! っていうかあれは獣人特有の言語で気をつけてないとそっちの言葉で話してしまうってだけで決してキャラ作りとかそんなのではない故に恥ずかしくないっ!!」
ふーっ!! とモモとリーナはおでことおでこがごっつんこしてしまいそうな距離で睨み合っていたが、
「…………………………いや、悪い。ちょっとテンションおかしかった」
「…………………………お気になさらず。自分も何かおかしかったっスから」
一旦冷静になってから、どちらからともなく身を引いた。
はぁ、とモモは嘆息した。自分は動物が絡むと妙に興奮してしまう。それでも、そんな恥ずかしい自分の姿は、友人や家族以外にはあまり見せないよう気をつけているつもりだった。なのに、何故か今回はこれでもかというくらい惜しみなく晒してしまった。
どうにもこの少女と会話していると調子が狂うらしい。共通の趣味を持つ人が集まると普段以上の白熱さを見せるものだがそれと同じような感覚だろうか。
何と言うか、自然でいられる。
いちいち取り繕う必要性を感じさせない、他人を安心させる何かが、この少女にはある。
まあ、モモの勝手な思い込みかもしれないが。
と、
「ふぉあ――――――!!!!」
「ふにょあぁああああああああああああああああああああああああ!?」
リーナが発した叫びにモモは奇声で応えた。バクバク言う心臓を押さえつつ、
「な、なんだよ急に叫びやがって脅かすな!」
だがリーナは聞いていない様子だった。いや、聞いていないと言うよりはそんな事どうでもいいという感じだ。両手をバタバタさせながら早口で言葉を吐き出す。
「とっっっっても大事な事忘れてたっス!! やべえ、未曾有の大ピンチっス!!」
「はあ? なにが?」
「あの真っ暗な場所で見たんスよ! 私と一緒に穴から落ちていくのを! ああヤバどこ行った“アレ”!?」
真っ青な顔をするリーナに対してモモは怪訝そうな顔で尋ねる。
「だからなにが?」
「『鬼神刀』っス!!」
ピクリ、とモモのこめかみ辺りが震えた。
「…………『鬼神刀』?」
反芻し、脳内で漢字に変換する。
鬼の神の刀。
そこから感じられる意味は、『不吉』だった。たった今まで狼狽していたのも忘れ、神妙な面持ちになった。
「それって、なんだよ?」
何度目かも分からない問い掛け。だが、今までで一番真面目なものでもある。
リーナも自分を落ち着かせるよう深呼吸してから、この上なく真面目な顔で、まるで内緒話でもしているような声で言う。
「……私も詳しくは分かんないっス。ただ、ずっと昔のご先祖様達が『封印』したって言われてる、伝説にして災厄級の刀。それくらいしか知らないっス」
まるでRPGにでも登場しそうな設定。だが、目の前の少女の雰囲気が、それがリアルなのだと伝えてくれる。
「何十年も守られ続けてきた封印が、ある日突然崩れたんス。そんで、私と一緒に『穴』に吸い込まれて、ここらに落ちた………はずっス。一緒に落ちた私がここにいるんだから、そんな遠くへは行ってないかと」
リーナの言葉に力はない。確信が持てないのだろう。刀がこの近くにおっこちた事も、その『封印』とやらが破られた事も。
取り敢えずヤバい物らしい、とモモは解釈してから、
「それって、ほっとくとマズいのかよ?」
「世界が滅ぶっス」
あまりにあっさりと言うものだから、理解が追いつかなかった。
「………滅ぶ?」
リーナは頷いた。
「そう、家の爺ちゃんから聞いたっス。子どもの時から何べんも。あれは、人が持っていい物じゃないって。手にすれば、待っているのは破滅だけだって」
伝えられる事は伝えたと言う風にそのまま黙り込む。
「………ふーん」
モモは少し考えてみる。彼女の今の説明を、自分なりに噛み砕いてみる。
曰く、放って置けば危険どころではない物が、この近くにあるらしい。
自分が住んでいる、この地に。
友達が、家族が住むこの街に。
世界が滅ぶ?
「…………はっ。冗談じゃねえよ」
小さくそう吐き捨てた。
友達も、家族も、動物も。モモにとって、ここにある全てのものはパズルのピースだ。一つでも欠ければそこまで。永久に完成などしない。
(そんな訳の分かんねえモンに、おれの大切な奴等、一人だってくれてやるかよ)
そんなモモの憤りも知らず、リーナは立ち上がった。
「ともかく、とっとと探し出さないと! 誰かの手に渡る前に!」
一人張り切り始める彼女にモモは声を掛ける。
「おい犬娘」
「え? あの、できれば名前で呼んでほしいっス。なんスか?」
モモは二カッ、とイタズラを思い付いた悪ガキみたいな笑顔を浮かべる。
「その刀探し、おれも参加するぜ」
「へ?」
その言葉に目を丸くするリーナだったが、モモは冗談で言ったつもりは微塵もない。
世界を守る、なんて物語の主人公みたいな事は言わない。
ただ、己の大切な者達を、居場所を守るために。
その瞳が、灼熱に燃えていた。
リーナは若干うろたえながら、
「は、いや、あの、流石になんの関係もない人を巻き込んでしまうのはちょっと」
「人ん家で飯まで食ってるようなヤツが何言ってやがる。それにおれは“巻き込まれる”んじゃねえ。“巻き込まれてやる”んだよ」
モモはぐっと拳を握る。
「おれを巻き込んだその渦の中から、そのふざけた刀ごと流れをぶっ壊してやる。文句は言わせねえ」
「で、でも」
「あーうっせー!」なおも食い下がるリーナにモモはイライラしつつ、「大体、疲れて道端で昼寝するようなヤツに世界の命運任せておけるか! おれはおれの好きにやる! そんでテメェは黙っておれに着いて来やがれ!! 返事!!」
「ふぁ、い、イエス・サー!!」
モモの剣幕にリーナは軍隊式敬礼をキメた。
よっし! とモモは元気よく頷いてから、
「じゃあ明日だ明日!! お前疲れてるし、今日はもうとっとと寝るぞ! そんで体力全快でその刀探すぞ!」
「えぇっ!? いや、そんな暇は」
「おれ式キャメルクラッチ!!」
「ふべらぁ!!」
いたいけな動物少女を安らかに夢の世界へと誘う。ベッドの上に寝かせ、照明を消してからモモは床にびたーん! と横になった。
そのまま眠るのに三秒とかからなかった。