第十四話:近ごろの一家は個性豊か
【ももたたろうはみちばたですていぬをひろった! (テッテテー♪)】
「………………いや、違うだろ。そもそもコイツはどう見たって犬じゃねえ。いや確かに犬の特徴はあるけど。捨て犬って決まった訳でもない」
【ももたろうはみちばたでおとものめすいぬをおとした! (ゲッスゲース♪)】
「誰が桃太郎で誰がお供だ!! ひらがな表記だからって騙されねえぞおれは!! 落としてねえよ逆に拾ってんだよそこは当たってんの!! つーか【ゲッスゲース♪】ってなんだよ! それはひょっとしてゲス野郎のゲスか!?」
【ももたたろうはみちばたでうすぎたないだけんをてにいれた! げすけいけんちを600えた!】
「どんだけおれをゲス野郎にしたて上げたいんだよ! 何の経験値だ! 確実にろくでもねーもんだろこの経験値! もうこれはどっちかって言うと鬼畜だろ!!」
【ももたたろうのレベルが3上がった! くちぐせが『おれにむらがれちくしょうども』にしんかした!】
「ああ、凄く嫌な進化を遂げちゃった! なんて口癖だちくしょう!!」
【ももたたろうは、みちばたで、運命の出会いをとげた………。こうしてかけがいのないものを、かれはえたのだった…………FIN】
「終わった!? 今おれの中の何かが終わりを告げた!! そして何故『運命の出会い』ってところだけ漢字!? 強調したいの!? 恥ずかしいからやめろよ!」
そろそろ夕日が地平線へと顔を隠してしまうような時間帯、モモは自分の頭に浮かぶメッセージにひたすらツッコミを入れ続けていた。ちなみに未だ犬少女(?)を抱えたままで、あの道路からは移動していない。今までの一人やりとりは、彼なりの現実逃避である。
「つーか……」
モモは自身の腕の中で気絶している少女を見下ろし、
「…………どうしようコイツ」
途方に暮れた。
彼女が犬のコスプレ好きのホームレスな薄幸少女とかならまだギリギリ分かるのだが、頭の犬耳は触れればあまり作り物っぽくない生き物特有のあたたかさを訴えてきているし時折ピクピク動く。お尻辺りについているふさふさの尻尾も同様。
「取り敢えず、ウチに連れてくか………雅月や父ちゃんはともかく母ちゃんの反応が気になるけど」
モモの中にこのまま見捨てるという選択肢はなかった。基本的に彼もとある少年に負けず劣らず、困っている人を放っておけないお人好しであるし、少女の獣っぽさに動物愛好家精神が何となく惹かれていた。
「んじゃあ、連れてくか。おし、お前ら、今日のところはここまでだ。餌の続きはまた今度な」
猫達にそう言ってやると皆仲良く『フギャー!』と不満そうな声を上げた。『そりゃないっすよモモさーん!』との事(モモ的解釈)。
だが、そこで急に猫達の毛が逆立った。
そのままぶるぶると震えだし、餌には見向きもせずに散って行った。
「ん? なんだ?」
あの食い意地が張っているキャット達が目の前の餌を放って去ってしまうなど、よっぽどの事だ。彼らはそこに食い物があれば地の果てまで追って来るような猛者達なのだ。
だがモモの疑問はすぐに解消された。
突如背筋に冷たいものを感じたのだ。
荒々しい、明確な殺意。少なくとも、普段自分にたむろってくる不良共のものとは質が全く異なる。そんなものが、後ろから放たれているのだ。
「はっ、今度はあんだよ?」
後ろを振り返って、
絶句した。
「な…………………」
そこにいたのは、猫だった。
だが、こんな猫がいる訳がない。
その猫は、一言で言えば巨大な猫だった。テレビなどで見掛けるような太ったものではなく、バランスのとれた巨体。ざっと見て体長二メートルはある。手足には恐竜の歯のような鋭い爪、笑ったような口から見える刃物のような牙、そして背後からは体と同じシマシマ模様の尾が二本揺れている。
そんな、見た事もない生き物が、モモを―――性格には、モモが抱えている少女を今にも食い殺さんばかりに睨んでいた。
「……………なん、だこりゃあ……」
思わず呟いたモモの腕が、か弱い力で引っ張られた。
視線を下ろせば、あの少女が薄く目を開いていた。
「お、目ぇ覚めたか?」
こんな状況でも、モモは呑気にそう尋ねる。
「……………………っ」
少女が、何かを呟き、再び目を閉じた。それはあまりに小さすぎて聞き取れなかった。
だがモモは、それがこう言っているように思えた。
『逃げて』、と。
「……………………」
モモは再び視線を巨大な猫に移す。
そして、
「……………………面白ぇ」
まるで彼自身が獣であるかのように、獰猛に笑った。
今彼の心を支配しているのは、
困惑でも、
動揺でも、
恐怖でもない。
歓喜だった。
「いいぜ? 相手になってやる。おれはテメェみてえなしつけのなってないやべえ動物には、拳で教育する事にしてんだ」
そう言って挑発するように人差し指を曲げる。
事情はまるで分からない。いや、分かる必要もない。
目の前にはしつけのなっていない動物。それもかなり頑丈そうで、“自分が本気を出しても大丈夫そうな”相手。
こんな好条件での『教育』に、高揚しないはずがない。
威嚇するように猫の毛が逆立つ。フーッ! と唸り、モモ目掛けて駆け出す。そして跳躍。恐らくその巨体でモモと少女を押し潰すつもりだ。
モモは少女を抱えたまま後方へと飛び、プレスを避ける。空中で避けられたと知った猫はそのまま綺麗に地面に着地した。それだけでズシン、と大地を揺るがした。
モモは少女を安全と判断できる距離まで下がってからそっと地面に寝かせた。すっと立ち上がり、身構える。
「いくぜ化け猫。その牙食いしばれぇ!」
そしてモモは化け猫目掛けて駆け出す。
猫は吠えながら、自分へと向かって来る『邪魔者』を排除せんとその大木のような前足を横薙ぎに振るった。
モモは地面に倒れ込むように上体を伏せてそれを躱す。頭上でブオンッ! と風を纏わせた巨大が通過した。
まさか避けられるとは思っていなかったのだろう、明らかに猫に隙が生まれた。モモは一気に体を起こすと猫の眼前目掛けて飛ぶ。驚く猫に向かって、
「オラァッ!!」
己の武器である拳を突き出した。
一撃は猫の眉間辺りを的確に突き刺す。猫はドガンッ! と音をたてて突き刺さる拳に呻き声を上げて怯んだ。
だがそれも一瞬で、猫は今度は着地したモモ目掛けてその凶刃の爪を振り下ろす。
しかし当たらない。モモは右足を軸としてグルンと回転するようにして少しだけ移動する。それだけで、振り下ろされる一撃は躱される。
「ふっ!」
小さく息を吐いたモモは大地を蹴る。
そして信じられない事に、四つ足で立っている化け猫の体の下に自らの体を滑り込ませた。自ら潰されに行くような、自殺行為としか言い様のない彼の行動。もちろんモモは死に行ったつもりは微塵もない。
滑り込ませた勢いを緩める事なく、両手で体を支え、両足を揃える。そして全身をバネのようにして、
「教育的指導ッ!」
そう叫んで強烈な蹴りを放った。
するとまたも信じられない事に、化け猫の巨大が蹴りの威力で僅かに浮いた。
その間にモモは猫の体下から転がるように脱出する。一瞬の浮遊の後、巨体がアスファルトの大地に体当たりした。ズンッ! とまたも大地を揺るがす。
そしてモモは立ち上がって猫目掛けて駆け出す。助走のスピード、腕力、体の捻りを加えた全力の一撃を携え、
「喰らいな、動物愛好家の愛ある拳ッッ!!」
発射する。
バギゴンッ! と最大威力の必殺が猫の顔面を捕らえた。
猫はぐらぁ、と大きくゆっくり頭を振って、そのまま横倒れとなった。
「ふっ。久々に楽しかったぜ、化け猫」
拳を振りながら、敗者の健闘を称えた。
それはまさしく、強者の姿だった。
『動物虐待』なんて言葉が全く頭に浮かばない、強者の姿だった。
もっとも、あの化け猫が『動物』の範疇に入ればの話ではあるのだが。
辺りは日が沈み、すっかり暗くなってしまったが、とてもすっきりした気分でモモは置いてきた少女を背負った。
「そいじゃあ行くとするかぁ。あのバカ猫はどうすっかな……………ってあら?」
振り返るとぶっ倒れていたはずの猫の姿がなかった。逃げたのだろうか? 手応えからして、気絶から復活したとしてもすぐに立てるようなダメージではなかったと思ったのだが…………。
「まあどうでもいいか。また出てくるようならぶっ飛ばせばいいんだしよ」
適当に結論づけて、少女を背負い直してキャットフードの袋を手に歩き出した。
自宅にたどり着いた。家族の反応にちょっとびくびくしながらも玄関のドアを開けて中に入る。靴を脱ぎながら、一応『ただいまー』というのも忘れない。すると家族全員から『おかえりー』との返事が帰ってくる。それだけでも家族仲は悪くはない事を感じさせる。
居間に入ると父親と弟と母親が大きなテーブルに並べられた食事を食べながら大きなプラズマテレビでバラエティー番組を見ていた。いや長男の帰りくらい待てよ、というツッコミはいつもの事なのでもう入れない。
母親が唐揚げを箸に挟みながら少女を背負ったモモを振り返って、
「太郎……………あんた、とうとう思春期に…………」
「ちょっと待ってくれるか母ちゃん」
色々あった末女の子背負った息子を見ての第一声が思春期とはどういう事か。そこは普通『どうしたんだいその子は?』とか『一体何があったんだい?』とかそういう疑問を真っ先に抱くべきところでは? とモモは思う。
そんな問題発言をした母親、百田友莉奈は大した表情の変化もなく唐揚げをもぐもぐ咀嚼しながら息子を眺めている。パッと見は完全な美人で、とても二児の母には見えないが、性格はいたって適当アンドパワフルで、昔から腕力ならともかく本気になった時の気迫とかではモモは全く勝てる気がしなかった。あの細腕から繰り出される拳骨に何度身悶えた事か。
「ほほー。太郎もついに女の子に興味持つ年頃になったか。父ちゃん嬉しいのー」
などと言って母意見に思いっきり賛同しているのは父親の百田金治。その大きな体に無精髭はどことなく熊っぽい。母友莉奈とのカップルは傍から見れば文字通りの美女と野獣といった感じだ。
「兄さんが女の子を連れて来るなんてね。見た事ない人だけど、新しい友達?」
一番まともな感想を口にしたのは弟の百田雅月だ。名前の通り『雅』という文字が似合う美少年で、その長髪から知らない人が見れば女の子にも見える。
そんな超個性的な一家、百田家の面々はやはりご飯をつつく箸動きを止めないで一斉にモモを眺めていた。何となく居心地が悪いモモは、
「あ〜、そのよ、こいつちょっくらウチに泊めてもいいかな?」
「あんま激しくしないようにね」
訳が分からない事を言いながらもちゃんと許可はくれた。他の奴らも異議はなし。この辺りから、この家族の器の大きさと言うか適当さを分かってもらえる事だろう。
モモはこっそり胸を撫で下ろしてから、ふと気付く。
「おれの飯は?」
「ないよ。そっちの娘の分ならきっちり用意してあげるけど」
なんでだよ。