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第十一話:『助ける』ということ

いやー展開の進む速度がジェットコースターより速くない?

「………………ぉ…うおー……」


 干からびたオットセイみたいな呻き声をあげているのはもちろん本物のオットセイなどではなくへとへとになった天神煌夜その人である。

 あの後ルミアは女子生徒から制服を貸してもらい、残りの半日まるまる我がもの顔で学校に居座っていた。

 それだけなら百歩譲ってまだいいとして、いつもはお昼時に押し寄せる生徒達によって激混雑するためタイミングを見計らって行く購買に食料の存在を知って目を輝かせたルミアに首根っこ掴まれて一緒に買いに行かされたり(しかも見渡す限り人人人の最悪のタイミング)、授業中は彼女用の机と椅子をわざわざ持ってくる手間を省くために何故か自分との相席だったり(周囲の視線が冷水より冷たかった。唯一モモと由真だけは気の毒そうな目だった)と、もう心身ともにすり減らしきった。これ以上は汗の一滴も出そうにないくらい。


「なんだコウヤだらしのない」


 そう言うルミアの表情は実に晴れ晴れとしたものだった。眩しすぎて見てると涙が出そうになる。色々と溜まっていたものを吐き出せたらしい。

 ちなみにまだ制服姿だ。ブレザータイプのそれはどこまでも彼女に似合っていない。と言うのも彼女の顔の造形が素晴らしすぎて制服の方が見劣りしているだけなのだが。貸してくれた女子生徒は『いいよそれあげる。綺麗な子に着られた方がその制服も嬉しいでしょ』と気前よく言っていたが本当に貰っちゃっていいものなのかどうか真剣に考える煌夜である。

 現在は放課後。夕日が目に染みそうな茜色に煌めいている。生徒の皆さんは全員部活動かさっさと帰宅している。あれだけつっつけば満足したという事だろうか。

 由真は部活に行く前に『にゃー……まあ頑張ってにゃ』と珍しく自分を励まし、香花は今までのモジモジが嘘みたいにハキハキと『また明日!』と叫んでいた。二人してどういう心境の変化だろう。

 今日はモモの姿もない。本人曰く『や、わりー。今日野良どもに餌やんねえと』心底申し訳なさそうに帰ってしまったが、きっとその申し訳なさにはそれとは別の意味が含まれているはずだと煌夜は思う。

 で、今は教室にルミアと二人っきり。おいおいまたこのパターンかよ、と思わないでもない。


「いや、そんな事はいい。取り敢えず帰ろう。もうクタクタだ。厄介な事件はもう御免です」


 突っ伏していた机からのろのろ立ち上がった煌夜は肩をすくめて帰ろうとしたところ、


「待て」


 ルミアに引き止められた。煌夜はギギギとオイル切れのロボットみたいに首だけ動かして、


「なに? まさかこの期に及んで学校探検! とか言い出すつもりじゃないだろうな? それはお前にとってはステキイベントかもしれないけど俺にとってはゴウモンイベントですよ?」

「オクジョーとやらはどこにある?」


 煌夜の声を無視してルミアは告げる。


「え? 屋上? ってそれは………」


 そこまで言ってから、煌夜は気がついた。

 ルミアの表情が変わっていた。美しさを除けばただの少女だったそれが、初めて会った時のように、“その世界”を知る者特有のものになっている。


「…………もしかしなくてもアレか?」


 彼女は頷いた。


「ああ。お前が狭間世界アストラルに来た時に引っ張り込まれたというのが気になる。もしかしたら、少しでも情報が集まるかもしれない」


 煌夜の脳裏に浮かんだのは屋上にて突如空間に走った亀裂。この奇妙な境遇の始まりとも言える場所での光景。

 今思えば、自分があの時そこに行かなければ、この少女とも出会う事はなかった。

 あるいは――あの時そこに行かなければ、この少女と“出会わずにすんだ”のか。

 とにかく彼女は、記憶喪失でも狭間世界への知識は残している自分ですら心当たりがない『それ』の手掛かりを、改めて探してみようと言っているのだ。


「けどお前、もうあそこには戻りたくないんだろ? だったら何でわざわざ自分から近付いて行くような事するんだよ?」


 煌夜のその問いに少女は苦い顔をした。


「……あそこに戻りたくないというのは本当だし、正直近付きたくもない。だが、記憶を失くした私が名前以外に唯一覚えていたのが狭間世界についてだ。 だったら、私が記憶を取り戻す手掛かりはあそこにあるのかもしれないだろう?」

「……確かに、な……」


 煌夜は言葉を濁した。

 うすうす気がついていたが、やはり彼女は、失った記憶を取り戻したいと思っているのだ。

 だが、自分の求めるものを得るために自分が最も嫌うものを求める。

 何とも皮肉な話だ。

 できる事なら、そんな自分を傷つけるような事はしてほしくない。


「分かった。なら、行こう。開いてるかどうかは分からないけど」


 だが煌夜はそれについては何も言わない。彼女がそれを決心したのだ。自分がそれを止める事などできない。

 そして、彼女が知る事を決心したのなら、自分も覚悟を決めるべきだろうと思った。

 ルミアを助ける。

 きっとそれは、自分の中にある謎を解く事にも繋がる。

 それ以上に、彼女の力になりたいという思いもある。

 疲れなど、気にならなくなっていた。

 二人は鞄も持たずに屋上へと向かう。

 新たな一歩を踏み出すために。


(そういえば……)


 煌夜は思い出す。

 あの日、自分を誘うようにいた少女のシルエット。


(あれは、何だったんだろう?)


 また異世界の産物なのか。あるいはただの幻だったのか。

 何となく、それが隣りにいる少女に酷似していたような気がする。

 答えは、まだ分からない。









 屋上へと続く扉の前で、彼らは立ち止まっていた。


「…………閉まってるな」


 あの日、確かに開け放たれていたはずの扉はここから先へは行かせまいと悠然と煌夜達の前に立ち塞がっていた。

 ノブを回してもガチャガチャと空しく施錠を示す音が響くだけ。いきなり立ち往生だ。


「どうしようか……。 鍵を職員室から借りて……って駄目だ。理由が思いつかない」


 様々な案を考えている煌夜の隣りで、


「こんなもの、こうすればいいだろう」


 ルミアそんな事を言う。

 え? と煌夜が口を開く前に、



 バガンッ! と轟音が響き渡った。

 ルミアが扉を蹴破ったのだ。


「はぁッ!?」


 扉は悲しいくらいにヘコんで屋上の地面を滑る。しばらくしてから止まった。

 開いた口がふさがらない煌夜をよそにルミアがガッツポーズを決める。


「よしっ!」

「ちっともよくないッ!?」


 煌夜は絶叫した。


「い、いやいやいやいやどうすんのこれ!? これは流石に予想外だぁ! 先生方にどう言い訳すれば!? ていうかどんだけの力を込めればあの扉が蹴破られるんだよ!? あなた大鎌を失ってからただの非力な少女のはずでは!?」


 元凶の少女は頷いてから、


「うむ。実は力はほんの僅かだけ残っていたのだ。もっとも今ので打ち止めだがな」

「なんてどうでもいい場面で使っちゃってんのそんな貴重な力! もっとこう大事なシーンで思いがけず大炸裂するもんでしょそういうのって! 考えればもっと穏便に済ませられる事だってできたはずだ! つーか本当にやばいってこれ!! 下手すればしょっぴかれる!! いや停学食らうかも…………!!」


 ぎゃああああ! と頭を抱える煌夜をルミアは引っ張っていく。そして屋上へと出た。







「ふむ………これといっておかしなところは見当たらないな」


 広々とした屋上を歩きながら周囲を見渡してルミアはそんな事を呟いた。

 いい加減うじうじネガティブモードから立ち直った煌夜も同じように歩きながら視線を巡らせる。


「うーん……ないなあ。確かにここら辺から……」


 あの亀裂があったと思われる位置をなぞるように指を動かす。が、もちろんひび割れも何もないただの空間には何の変化も現れなかった。

 一回りして戻って来たルミアに視線を向ける。彼女は首を振った。収穫はなかったようだ。

 煌夜は肩を落として、


「手がかりはなし……って事になるのか。 無駄足だったかな?」




「いいえ、そんな事はありませんよ」




 不意に、そんな声が背後からかかった。

 煌夜ではない。もちろんルミアでもない、第三者の声。


「こうして人目のない場所まで動いてくれただけでもこちらとしては大助かりですよ」


 誰のものかも分からない声はそう続けた。

 二人は殴りかかるような勢いで振り返った。

 屋上から校舎へと続く扉に立ち塞がるように立っていたのは一人の男だった。

 年齢は、分からない。煌夜と同年代のようにも見えるし十歳くらい年上にも見える。

 あまり血が通ってなさそうな肌の色に、高校生としては平均的な身長の煌夜より頭一つ分くらい大きい体。と言ってもガタイがいいという訳ではなく細身の長身。髪は白髪、しかし先端だけが染めてあるように黒かった。身に着けている服も髪に合わせているように白を基調としているが所々が黒いものだった。そして片手には真っ黒な日傘を握っている。

 そんな男が、薄い笑みを顔に張り付けてこちらを見ていた。


(…………なんだ、コイツ?)


 明らかに生徒でも教師でもなさそうな怪しい男に、煌夜は身構えるように体を動かした。

 この男は、“何か”違う。

 自分が知っている“世界”の住人の雰囲気がない。

 全く異なる、得たいの知れなさ。

 ただ立っているだけなのに、それだけでその空間が全て異質な色に塗りつぶされるような感覚。


「………はっ。 これは意外だったな」


 隣りでルミアが笑った。だがその笑みは引きつっていて、どこか強がっているようにも見える。その笑みのまま、彼女は口を開く。


「コウヤ、こいつは………“異世界の人間”だ」


 ルミアの告げた言葉に煌夜はギョッとした。

 異世界の人間。

 煌夜にとっては、ルミアに続く『非常識』との遭遇だ。

 男はおやという顔をして、


「よく分かりましたね、ワタシがこの世界の人間ではないと。驚かせるつもりだったんですが……そちらのお嬢さんは勘が鋭いようだ」

「ふん。 何となく分かるんだ。それに……」


 ルミアは顔をしかめて嫌悪感を表した。


「お前からは嫌な……血の匂いがする」


 男はその言葉にやはり笑ったまま、


「ま、分かっているなら話は早い。取り敢えずは自己紹介から」


 そう言ってからまるで執事か何かのように恭しく頭を垂れて、


「ワタシはガイアーズ=ジェルディッシュ。 覚えにくいのでしたらガイアで結構ですよ」


 男――――ガイアは軽い調子でそう名乗った。

 その世間話でもするような軽さが、かえって不気味だった。


「……それで」と煌夜は慎重に尋ねる。

「そのガイアさんが、学校……しかも屋上に何の用なんだよ? 異世界巡りの旅なら他の場所をオススメするけど?」


 ガイアは肩をすくめて、


「残念ながらワタシにはそんな暇はないんですよ。お仕事が忙しくてね。でも時間ができたらそれもいいかもしれないネェ。 まあそれはともかく、今日ワタシがここに来た理由は」


 彼は持っていた日傘の先端をルミアへと向けて言い放った。


「そちらの少女を引き取りに来たんですよ」

「なんだと?」


 ルミアは眉をひそめた。


「言ったでしょう? 『お仕事』だって」


 ガイアは物分かりの悪い生徒を見る教師のような目をした。


「ワタシはとある組織に所属していましてね。そこは主にあらゆる異世界の治安維持、そして狭間世界アストラルに関する情報収集を目的とした組織です」

狭間世界アストラル……」


 思わず呟いた煌夜にガイアはニヤリと笑った。


「ええ、そうです。数日前に君が引きずり込まれ、そして彼女と出会ったであろう空間ですよ」

「! お前なんで……」


 何故、そんな事を知っているのか。

 そう口に出す前にガイアは続けて言う。


「で、そんな我々としては、そこから現れた彼女はまさに貴重な情報源。色々と尋ねたい事もあるし、是非ともご同行願いたいのですよ」

「お断りだ」


 ルミアは即答した。一瞬の迷いもない。ガイアは首を傾げて、


「おや、何故です?」

「何故だと? 決まっている。お前のような奴について行く理由はない。お前達が何を求めていようと、私には関係ない!」


 ルミアの大声が夕暮れの空を衝いた。

 煌夜は、こんなにもはっきりとした『拒絶』を見せるルミアを初めて見たような気がした。それだけ、この男を危険だと感じているのだろうか。

 ガイアはやれやれと首を振り、


「なら仕方ない。力ずくでも来てもらいます」


 刹那。

 ぞくり、とガイアから見えない何かが放たれた。

 そして視界から彼の姿が消え失せ、


「ぐあッ!?」


 次にバシンッ! という音とルミアの苦痛の声が聞こえた。


「な――――――!?」


 慌てて隣りを見れば、ルミアが倒れ、ガイアが日傘を振り切った状態で立っている。

 目に止まらない凄まじい速度で自分達の目の前まで移動し、その速さのままルミアを殴りつけたのだと理解するまで、一瞬の時間が必要だった。

 速い、なんてものじゃない。まるで見えなかった。三メートル以上の距離を、反応すらできない速度で。


「ルミアッ!」


 煌夜はルミアに駆け寄ろうとするが、


「はいストップ」


 ガイアのその一言で足が止まる。まるで言葉のナイフを心臓に突き立てられたようにピクリとも動けない。

 いや、実際に突き付けられているのはルミアの方だった。倒れ伏している彼女にガイアが握っている細身の剣が突き付けられている。


(あの日傘、仕込みだったのか!?)

「そこから一歩でも動けば彼女は無事では済みません。脅しじゃないですよ? 腕の一本くらい失くなっていても組織の方々は文句はないでしょうし」


 煌夜は、動かない。動けない。ただ、足が情けなく震えるだけだ。


「天神煌夜君。君はどうして彼女と共にいるんだい?」


 不意に、そんな事を尋ねてきた。

 煌夜は硬直した体をどうにかしようとして、ようやく口だけが震えながらもかろうじて動いた。


「どう、して……?」

「ええそうです」とガイアは煌夜を見つめながら言う。

「彼女はあなたにとっては『他人』でしかないでしょう? しかも一度はあなたを殺そうとした。そんな相手を、あなたが庇う必要がどこにあるんですか?」


 それは、いつか少女にされた問いと同じものだった。


「な、にを……」


 ようやく絞り出した言葉を遮るように、


「君が彼女を庇う必要はない。彼女は我々に任せて、全て忘れてしまいなさい。彼女の事も、ワタシの事も、異世界の事も、狭間世界の裏も。 それだけであなたはこれまで通りの、何も知らない頃の普通の生活に戻る事ができる」


 そんな事を、平然と口にする。

 まるで、そうする事こそが正しい事のように。

 煌夜の想いなど、なんて事のないただのくだらないものだとでも言うように。

 煌夜の中で、一つの事柄がぐるぐると渦巻く。


(忘れる……?)


 ルミアの事を、忘れる。

 彼女との出会いを忘れて、ただの日常へと帰る事が、

 あの時抱いた、不思議なあたたかさも、全て頭から消し去ってまで。

 それが本当に、正しい選択だと?

 いいや。


「………そんな訳、ないだろ…………ッ!」


 それだけ呟いて、奥歯を砕けそうなほど強く噛み締めた。

 そのあまりにも身勝手で、傲慢な選択肢が存在することに、どうしようもなく憤った。

 自分は、ルミアを助けたいと思った。

 だがそれは、手を差しのべるという意味じゃない。

 支える、という事だ。 手を差しのべたって、彼女はそれを振り払うだろう。そういう性格なのだと、煌夜は分かっている。

 だから、支えたいのだ。

 彼女が倒れそうな時、

 一人で立てなくなった時、

 淋しくなった時、

 辛くなった時、

 泣きそうな時、

 そんな時に、自分が横から彼女を支えてやりたい。

 何故、自分がこんな気持ちになっているかなんて、煌夜自身にも分からない。

 友達だから、好きだから。

 そんな言葉で表せるようなちっぽけな感情ではない。


(………支えてやりたいって思ったんだろ。助けたいって思ったんだろ。 口だけなら誰にだって言える。だったら、行動で示さなきゃ駄目だろ。こんなところでヘタレて、自分の気持ちに嘘をついていいのかよ。違うよな。 俺はそんなどうしようもない嘘つきになんかなりたくない!!)


 己の気持ちを再確認した煌夜は口を開く。


「どうしてって、お前言ったよな」


 もう震えは止まっていた。

 足も、手も、頭も、喉も、いつも通りに動く。


「なんでかなんて、俺にだって分からない。きっと俺には、誰もが納得できるような高尚な理由なんてない」


 だが、


「それでも、俺はこの娘を失いたくない! この娘の力になってやりたい! ただそれだけなんだよ!! 誰かを助ける事に、それ以上の理由なんかいらないだろ!!」


 煌夜は叫んでいた。ビリビリと空気が震度した気がした。

 何とも幼稚で、単純で、身勝手で、偽善じみた理由。

 だが、確かにそれは煌夜を動かす原動力となっていた。

 彼の咆哮を聞いたルミアの目が大きく開かれた。

 そして、彼を見ていたガイアは、

 ほんの僅かだけ、今までのふざけたものとは異なる微笑みを浮かべた。


「―――――そうですか」


 ため息を吐くように呟いたガイアの言葉が空気中に溶けるようにして消える。

 そして、ゆっくりと細身の剣を振り上げた。


「――――――――!!」


 動けないルミアが目を見開き、息を呑んだ。

 だが、それは自分にこれから振り下ろされるであろう剣のせいではない。


「――――コウヤ!?」


 一瞬で自身と剣との間に割り込むように立ち塞がった煌夜の姿を見たためだった。

 ガイアはそれに構わず剣を振り下ろした。

 触れればたちまち脳天から体を真っ二つにされる軌道で、刃が迫る。

 少年はそれを掴むように左手を突き出す。そんな事をしても、剣は突き出された手ごと煌夜を切り裂く事には変わりないはずなのに。

 白刃が優しく左手に触れる、直前。



 バチィィィィィィンッ!!!! と電撃が炸裂したかのような音が響いた。



 その音と共に、ガイアの剣が、大きく後ろへ弾かれた。

 完全に無防備になった彼の顔に、初めて驚愕の色が見えた。

 煌夜の前髪から覗く瞳が“金”色の煌めきを放つ。

 この隙を逃せば、二度とチャンスは来ない。

 煌夜は拳を握る。

 強く、硬く、まるで拳を岩石に変えるような気持ちで強く握り締める。

 そして、


 少年の決意を込めた拳が放たれた。


「―――オ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 肺の空気を全て吐き出した。

 一撃が、ガイアへと突き刺さる、その直前、




「合格ですよ。天神煌夜君」




 そんな声が耳に入った気がした。

 今度こそ、拳がガイアへと突き刺さった。

 バギゴン!! という爆音と共に、ガイアの体が後ろへ大きく吹き飛ばされた。

 屋上の地面を勢いよくごろごろと転がり、フェンスにぶつかってようやく止まった。

 だが煌夜にそれを確認する余裕はなかった。

 拳を突き出したそのままの勢いで彼は倒れていた。

 しかも、まるで100キロ走らされた後のようなとんでもない疲労感と眠気が全身を襲い、立ち上がれなかった。


(く、そ……。立て………ルミア、を……)


 そう念じるが、指先もピクリとも動けない。

 そのまま彼の意識は途切れた。

 視界が黒く染まる直前、誰かに名前を呼ばれた気がした。


 誰のものかは、分からなかった。








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