第九話:そして彼女は学び舎に向かう
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煌夜が学校とやらに出かけてから数時間が経った。
ルミアは一人居間で横になりながらぼんやりと天井を見つめている。
その口からポツリとこんな言葉が呟かれた。
「………………暇だ」
現在彼女の心中にはそんな思いばかりがぐるぐると渦巻いていた。
退屈。それは自分にとっては一種の拷問に近い。
もともとあまりじっとしている事ができない性格だ。部屋で本を読んで時間を潰すよりは外で走り回っている事の方が魅力的に思える。
狭間世界にいた時は動こうにもどうしようもなかったため仕方なくじっと耐え続けた。
だがこうして自由になってみると、今までの鬱憤をはらすかのように動き回りたい衝動に駆られてくる。
正直、よくここまで耐えられたと自分で思う。
「……私がこんな気持ちになっているのも全部アイツのせいだ」
『アイツ』とはもちろんこの家の家主たる少年の事である。
「アイツは私の下僕なのに、主人を退屈させるとは何事だ。まったく」
考えれば考えただけ愚痴がつらつら飛び出してくる。
「大体アイツは勝手だ。私を信じるとか言っていたくせにその信じる私をほったらかしにしているとはどういう事だ!」
がばっと起き上がって両手を上に突き出した。
「…………ふぅ」
そしてまたばたんと倒れた。
ルミアだって、信じてもいない相手に家の留守を任せたりはしない事くらい分かっているのだ。分かってはいるのだが…………。
「…………『信じる』、か……」
ポツリ、と呟いた。
あの時、少年が自分に言った言葉を思い出した。
『……正直、なんて言っていいのかわからない。いろんな事がごちゃまぜになってて、どれが正解かなんて、俺には判断できない。でも、俺はお前を信じるよ。お前の話を信じる。異世界の事を、狭間世界の事を、『ルミア』って奴の事を信じてみる』
「……………………」
小さく息を吐いた。
正直に言えば、嬉しかったのだ。
ルミアには記憶がない。
自分がどこの誰で、どんな生き方をしていて、(今はその象徴たる大鎌は少年の中だが)何故あのような力を持っていて、そしてどのようにして『あの空間』へと繋がれていたのか。
そういった事が、一切分からない。
それは、とても恐ろしい事だ。
彼女は思い出がない事で自分の存在に自信が持てない。
それは死んでいるのとなんら変わらない。
普段はあまり深くは考えないようにしているが、こうやって一人になるとどうしてもあの絶望感が心を蝕んでいく。
だから、あの少年の言葉はとても心に残った。
自分で自分の存在に自信が持てないというのに、他人の彼がそれを信じると言うのもおかしな話だ。
だが、あの言葉は確かに少女の力となった。
たった独りの暗闇に、わずかな光が差し込んだ気がした。
不思議なあたたかな気持ちが、湧いてきた。
そこまで考えて思わず笑みがこぼれた。
(こんな気持ちは、『あそこ』にいた時は感じたこともなかったな……)
それはある時少年が抱いたものと同じなのだが、そんな事を彼女が知るよしもない。
「…………よし」
彼女は立ち上がった。
「やはり追いかけよう。アイツは私の下僕で、アイツの居場所は私の隣りなのだという事をしっかり理解させねばな」
自分の言葉に自分で頷いた。
あの少年は、自分を見たら驚くだろう。
そうしたら、その顔を見て、自分が笑ってやろう。
「さて、となれば準備だな」
ルミアは彼の部屋へと向かった。
ドアを開けて中に入り、まるで空き巣のごとく部屋を荒らして………もとい、物色した。
「お、あった」
そして目当ての品を発見した。
取り出したのはとある学校の制服だった。彼が学校へと行くのにわざわざこれに着替えていた事から、これは学校に行くためには必要な物だと判断した訳だ。どうせ乗り込むならそこのルールに従ってみようという、ルミアなりの気紛れだった。
その判断自体は決して間違ってはいない。
だがもちろん、彼女は制服は男女で違うデザインなのだという事実は知らない。
それをワイシャツの上から身に着けてから、
「むぉ……でかいな」
当然ながら男用である彼の制服が女の子であるルミアに着こなせるはずはない。サイズは合わずにぶかぶかだ。着ていると言うより着られていると言ったほうが正しい。まあそれを言ってしまえば彼女の現在の部屋着であるワイシャツもそうなのだが。
ともかく、準備は整った。
「くっくっく、待っているがいいコウヤ。今からご主人様がそちらに行ってやるぞ!」
そう意気込んでルミアは玄関へと向かう途中で、ふと足を止めた。
「…………そういえばガッコーとやらはどこにあるのだ?」
根本的なところが抜けていた。
そういえば彼は学校に行くと言っていただけでそれがどこにあるかまでは聞いていない。
一度だけ学校からこの家までの道は通ったが、あの時は雨のせいで道などいちいち覚えている暇などなかった。
「まあ、何とかなるだろう」
が、そんな思考も一瞬で停止する。そんなことは些細な問題なのだと、彼女は玄関まで行き、あまっている靴を履いてドアを開け放った。
“適当に行けば”たどり着くだろう、と極めて気楽な思いで。
まるで散歩にでも行くような足取りの軽さで。
彼女は学校を目指す。