リモートでさっそく支援する
幼馴染がいなくなった。
亡くなったのではなく、失踪した。
幼少の頃から近所付き合いで一緒だった水上ヤエ。
彼女が突如行方不明になり、涙と混乱の混じった声で
彼女を最後に見たのはいつかと
ヤエの両親に聞かれたこと。
警察の事務的な質問に混乱で何と答えたか。
警察車両のランプがまだ目に焼き付き、
ヤエの両親の泣く声が耳にこびりついてる。
ヤエが行方不明になり1ヶ月。
目撃情報も少なくなくなり、
警察の方でも捜索規模が縮小していった。
ヤエの両親は捜索諦ず、近所や人通りの多い駅前で
情報を求む捜索ポスターを配り、
聞き込みを続けていた。
自分もヤエの両親を手伝いなるべく聞き込みをしたが、
以前として有力な情報はつかめていない。
今日も駅前で捜索ポスターを配り、
連絡先用のメールを自室で確認するが、
イタズラ半分な内容で成果はなかった。
「ヤエ…どこに行ったんだよ…」
パソコンの前で一人つぶやき、目を抑える。
「海君もありがとうね。
でも君自身の生活もあるから気にしなくても大丈だよ…」
ヤエの両親から諦めが混じった声で
言われた言葉が反芻される。
言われた事が心のしこりとなっていた。
自分はまだ諦めたくもなく認めたくなかったからだ。
夜も遅くなり、余計な事を考えてしまわないように
布団に向かう。
しかし、不安からか眠りにつけない。
そのまま時間だけが過ぎていく。
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「…大丈夫だから…」
言葉が聞こえてくる。懐かしい…。ヤエの声だ。
昔から不安や心配ごとがあるたびにヤエは前向きな
言葉を口癖のように言う。
きっとなんとかなる。大丈夫。まだ頑張れる。
懐かしい声が思い出とと共に頭に響く。
寂しさからか懐かしい夢でも見ているのかと
思ったらどうも違う。
夢にしては鮮明に聞こえてくる。
「大丈夫だから!お姉ちゃんに任せなさい!」
今度はしっかりと声が聞こえてくる。
ヤエ? 布団から体を起こし、自室を見回す。
パソコンからヤエの声が聞こえてくる。
パソコンの画面を確認すると、
そこにはシミュレーションゲームのような
地図が広がっていた。
「なんだコレ?」
思わず声が出た。その瞬間画面から
「ウミ君の声…?」
とヤエの声がパソコン越しから聞こえてきた。
突然のことに声が上擦り、
順序を考えない言葉が出てくる。
「ヤエ!ヤエなのか!どこにいるんだ?
ずっと心配していたんだぞ。
今まで何していたんだ。
それよりなんでパソコンから声が!?」
「海君!やっぱり海君の声だ!」
ヤエも元気な声を上げる。
彼女の声を久々に聞き、気分が高揚する。
「そうだ!ゴメン。海君。今はそれどころじゃないんだ!
大丈夫?動ける?」
どうやらヤエ以外にも人がいるらしい。
画面から女の子の泣き声が聞こえてくる
「ヤエ。今一体どういう状況なんだ?」
「海君!私、今モンスターに追われている所なの!」
唐突に出てきた言葉にやはり
夢の中なのではないかと錯覚した。
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ヤエの言うことを整理する。
1ヶ月前に異世界(一旦そう呼称する)に転移。
分けもわからず森の中を彷徨っていたところを
近くにあった村の人達に助けられ
そこで暮らしているらしい。
ある日、お世話になっている家の娘さんが
森で迷子になり、
ヤエも探すのを手伝っていたとのこと。
無事見つけたのは良いが、途中モンスターに見つかり
必死に逃げていたところ迷子になり現在に至る。
「ヤエ。娘さんは怪我とかしていないか。
ヤエも怪我とかしてないよな」
「うん!私は大丈夫。アロエちゃんも途中転んで
擦り傷をしただけど大きな怪我はないよ」
ある事に気づき地図を確認する。
現在、パソコンの画面にはマップにはおそらく
ヤエがいると思われる世界の地図が見えている。
地図中央のアイコンが2つある。
マウスカーソルをあわせると
"ヤエ"と"アロエ"と記載された名前が表示された。
間違いないと確信する。
この地図はヤエのいる世界の地図である。
アロエというのはヤエが探していた娘さんのことだろう。
「海君。どうしたの突然黙って。」
「ああ悪い。ちょっと確認したいことがある。
ヤエ悪いが数歩移動してみてくれ」
「??わかった。」
地図上の"ヤエ"のアイコンが東に数歩分進む。
きちんと動いた分も進むことが確認できた。
これなら指示を出しながら
ヤエ達を村まで案内することができる。
地図の周囲を確認する。
南東にアイコンが多く見える箇所を発見する。
"ザースト"と記載されている。
おそらく村の名前であると考えて良いだろう。
さらに地図を確認。
北方向に複数ヤエ達に向かうアイコンを確認する。
"ゴブリン"と記載されていた。
間違いないモンスターとはこいつらのことだ。
近くまで来ている。
ハイファンタジーなモンスターが出てきて
ツッコミたいが今はそれどころではない。
「ヤエ!今から指示を出すから
そのとおりに移動してくれないか!
説明している時間がない。
ヤエの言っていたモンスターがそちらに向かっている」
「わかった!今は海君の言うこと信じる!
アロエちゃん動ける?」
「うん…」
ヤエの元気な声と不安の混じった
アロエの返答が聞こえる。
「ヤエとりあえず南へ移動してくれないか。」
「南!ごめん海君!夜で道も暗くて方向がわかんない」
地図上だと方角が分かるが
ヤエの視点では確かに分からないか。
「ヤエから見て正面、右、左、後ろに
適当に数歩動いてくれ」
「わかった!」
ヤエのアイコンが上下左右に動く。
「今の左の動いたときの方向に真っ直ぐ進んでくれ!
川に行き着くはずだ!」
「OK!」
そのまま2つのアイコンが南へと移動していく。
地図を確認し、ゴブリンのアイコンを確認。
子どもを連れているせいかヤエ達の移動が遅い。
このままだとゴブリンに追いつかれる。
「マズイ!このままだと追いつかれる!」
「そうなの?だったら!アロエちゃんごめんね」
「ヒャアッ!」
女児の声とともに地図上の
ヤエとアロエのアイコンが重なる。
重なる?
「何したの?」
「今!アロエちゃんを!おぶっています!」
アイコンが重なった理由はそれか。
アイコンの移動速度が上がる。
ヤエよ。いつからそんな力持ちに?
しかし状況は好転した。
これなら地図上にある川から東へ行けば
何とか村までたどり着けるはず。
そう思ったが、ゴブリンのアイコンが
いつの間にか分離している。
個々で探索を始めたらしい。
「海君!川についたよ!」
まずい。このまま川沿いにいくと
ゴブリンの1頭と遭遇してしまう。
いくら速度があるといえど、
地形の状況や実際に敵と対峙したときに
アロエを背負って冷静に安全に
逃げ切ることはできるのか?
ネガティブな想像が脳裏をよぎる。
俺はヤエに状況を説明した。
「そっか。このまま川沿いに行けば村なんだね。
でもゴブリンがいる…」
一呼吸おいてヤエが言う。
「だったら私が囮になる!」
「まて!ヤエ!それは危険だろう!」
「でもこのままだと追いつかれんでしょ。
だったら私が囮になればアロエちゃんは
村まで行ける。
川沿いに行けば良いから迷うこともない。
海君。現状はわからないけど、
海君には見えているんだよね?
だったら私に指示をして!」
「大丈夫!海君を信じている。
だから海君を信じる私を信じて!」
なんの根拠もない信頼の発言。
なら自分は考えなければならない。
アイコンの速度からヤエだけならゴブリンより早い。
なら…。
「ヤエ。分かった。危険なことだし、
自分も冷静ではない。
だけど俺を信じてくれるヤエを信じるよ。」
俺はヤエに作戦を伝えた。
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作戦と言っても、大した作戦ではない。
アロエを川沿いで村まで一人で行かせる。
ヤエはこちら方向に向かってくる、ゴブリンと接触し、
なるべく川から逆方向へと逃げる。ただそれだけ。
自分は地図が見えているので
安全なルートをヤエに伝えるだけだ。
行きあたりばったりな作戦だが時間がない。
村人達が何故ヤエ達のいる森を
探索していないのか気になるところだが、
助けを待つこともできなさそうだ。
作戦通りアロエに川沿いを通り村に
移動するようにヤエから伝える。
やはり怖いのかアロエは一人での行動を渋る。
「ヤエお姉ちゃん。一人は怖いよ…」
「そうだね。じゃあアロエちゃん。
お姉ちゃんの手を握ってみて」
「ヤエお姉ちゃんの手…。震えてる」
「うん。私も怖いんだ。一緒。
だけどアロエちゃんが傷つくのはもっと怖い。
アロエちゃんも私が傷つくのは嫌?」
「…うん。」
「怖いし、友達が傷つくのも一緒だね。
だからこそ守りたい。
情けないけど私達の力じゃどうしようもできない。
だからこそ村の人達に助けを呼んでくれるかな?」
そうなだめるようなヤエの言葉が終わる瞬間、
パン!という大きな音がなり
「大丈夫!行って!」
と大きなヤエの声が聞こえた。
その瞬間アロエのアイコンが
川沿いの村方向に移動していった。
「何をしたんだ?ヤエ」
「うん。アロエちゃん足が震えていた。
極度に緊張していたんだね。
だから思いっきり私の両手を叩いた。
びっくりして足の震えが収まった瞬間に
大きな声で走らせた。勢い大事!」
少し自己嫌悪に陥った。
作戦を立てる際にアロエの恐怖も
ヤエの緊張も考慮していなかったからだ。
だが今は嫌悪感に浸っている場合ではない。
「ヤエ。ゴメンな」
「海君が謝る必要はないじゃない。
私自ら囮を志願したわけだし。
それに一人じゃないもの。海君がいる。
命を預けたよ!私は大丈夫!」
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ゴブリンが止まってくれるわけではない。
移動しながらヤエに指示を与えた。
「結局囮作戦なわけだが、敵の視界に入りつつ
安全な間合いでできるだけ逃げる必要がある。
常に方向指示をするわけだけど、
さっきみたいに方向をのんびり伝えている暇はない。」
ヤエにクロックポジションについて伝える。
「ああ!映画とかで見る、
1時方向に敵!みたいなやつ!」
「そうそれ。3時方向ならヤエの正面から見て右。
9時なら左。頭の中で時計をイメージして
提示した時間方向に移動してくれ」
「わかった!海君!」
「ああ!作戦実行だ!」
一通りの説明を終えた丁度。
ゴブリンとヤエのアイコンがおそらく各視界に入るくらいの
間合いまで近づいてきた。
「ヤエ。10時方向。
ゴブリンがそろそろ視界に入ると思う」
「うん」
そしてヤエのアイコンが止まる。
「海君。10時方向にゴブリンが見えたよ。」
ゴブリンもヤエに気づいたのか
アイコンが近づき始める。
「そのまま12時方向に移動。森の中だから足場に気をつけてな」
「子鬼さんこちら~手のなる方へ~」
パンパンと手を叩く音と共に、
ヤエのアイコンが動きだす。
ゴブリンの鳴き声が聞こえ鬼ごっこが始まる。
周辺の地図を確認する。ゴブリンの数は3頭。
2頭は別方向に移動しており影響がなさそうだ。
今ヤエが逃げている1頭だけに集中する。
地図には高低差や地形についての詳細が
マウスカーソルを合わせると出てくる。
ホイールで拡大縮小。ドラックで地図移動。
操作方法を確認しつつリアルタイムで
ヤエに指示を出していく。
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数十分は経過しただろうか。
ヤエの呼吸が早くなってきていた。
「体力は大丈夫か?」
「今は大丈夫。限界はまだ来ていないよ。」
「わかった。次は2時方向へ移動してくれ」
地図上のアロエのアイコンに目を移す。
どうやら村に到着したようだ。
アロエのアイコンに他の村人達の
アイコンが集まってくる。
良かった。無事たどり着けたようだ。
「ヤエ。アロエが無事村にたどり着けたようだ」
「良かった!あとは振り切るだけだね」
周辺の地図を確認する。
いつの間にか、残りの2頭のゴブリンが
ヤエの近くに接近していた。
ゴブリン1頭とアロエの動向、
ヤエの指示に集中しすぎたあまり
残りの2頭の注意がそれていた。
「スマン!9時方向、12時方向ゴブリンが接近している。
残りの2頭を失念していた俺のミスだ!」
ヤエのハァハァと息遣いが画面越しに聞こえてくる。
普段走るのと違い、緊張感からかヤエの
体力消耗が激しかった。
それでもヤエは小声で大丈夫…大丈夫と呟く。
何とかこの状況を打破しなければ。
周辺地図を確認するが、
このまま直進すると崖に行き着き行き止まりだ。
飛び降りれば助からないであろう高低差。
崖の周辺を詳細に確認する。
俺はあることに気が付きヤエにある作戦を伝えた。
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ヤエに指示を出し、残りの2頭のゴブリンを
引きつけつつ、崖へと進む。
3頭のゴブリンは再び合流し、一直線にヤエを追う。
崖が近くなってきた。
「ヤエ!そろそろ」
「おっっっけい!」
と荒れる行き使いで声をだし、近くにあった小石を
ゴブリンに力を振り絞り思い切り投げつける。
小石はゴブリンの1頭に命中したのか、
激情を交えた大きな声を上げる。
そのままヤエは崖まで一気に走り抜ける。
ゴブリンもそれに続くように一気に走り出す。
「カウント!3、2、1 飛び込め!」
ヤエは俺のカウントと同時に崖下に飛び込む。
崖下すぐにある、人1人が入れるほどの
小さな足場に飛び込む。
激情に駆られたゴブリン達は気づかず、
勢いよく崖に飛び込む。
夜は薄暗く崖がかなりの高低差があることに
気が付かなかったのだろう。
跳躍を交えた大きな飛び込み。
崖下の小さな足場に気づかず
ゴブリン達はそのまま勢いよく、
崖下の奈落の底へと叫び声を
上げながら落ちていった。
ゴブリン達のアイコンはロスト。
周辺にはヤエのアイコン以外は何もない。
「ヤエ。もう大丈夫だ。周辺に脅威はもうない」
「………だすがっっだぁぁあ」
濁音混じりの大きな安堵の声を出す。
ゴブリン3頭に囲まれた際に、崖周辺の地図を確認し、
一つだけ高低差がない小さな足場を見つけた。
そこにヤエが飛び込めば丁度見えなくなり、
ゴブリン達からすれば普通の段差程度の
地形を飛び出したと勘違いする。
夜も暗く崖だと分かりづらい。
加えて相手を怒らせたとあるならば尚の事。
勢いをつけさせれば相手は止まらず
そのまま落ちる計画だった。
結果として上手くいき、ヤエは助かった。
「ははっ…足に力が入らないや…。
もう体も動かない…」
「そこの足場も小さいからな。
油断して落ちないでくれよ」
「分かってるって。せっかく逃げ切ったんだもの。
最後で死にたくはないかな」
会話をしているとヤエを呼ぶ声が聞こえる。
周辺地図を確認すると村人のアイコンが
近くに来ている。
どうやらヤエを探しに来てくれたらしい。
森全体の地図を確認する。
いくつかの村人と思われるアイコンが
探索するかのように見受けられる。
村人のアイコンの一つがヤエに近づく。
見つけてもらえたのか、
崖下の小さな足場からヤエのアイコンが移動する。
村人のアイコンとヤエのアイコンが
村まで向かっていくのを確認し、
自分も安堵したのか、椅子に座ったまま
気絶するかのように眠りについた。
読んでいただきありがとうございます。