後悔の重さ
「氷魔法、氷華。風魔法、鎌鼬」
二本の矢を放つと空中で構築式が完成されて二重に出来た魔法陣が重なる。雪が白装束の男達の周りに降り、その中に風の斬撃が襲い掛かる。途中、降る雪に当たるとそこから花が咲くように雪が弾ける。
氷を纏った斬撃を短剣を持つ男が鮮やかに跳ね除ける。けれどもノルメルの本命の攻撃はそちらではない。二本の矢が地面に刺さると、さっきとは異なる属性の魔法陣が展開される。
「氷魔法、氷柱落とし」
幾つもの無数の小さな氷柱が空中に出来上がり絶え間なく地面に落ちていく。
「空間魔法、ドームゲート」
もう一人の男が同じようにゲートを作ろうとする。
「重力魔法、アブソリュート・ゼロ」
リルを中心に広域が魔法陣に覆われる。空間内の重力が無くなり、敵味方全員が空中にふわふわと浮く。その拍子に男は本を手から離してしまい、魔法は不発に終わる。
だがノルメルの魔法は終わったわけじゃない。襲い掛かる氷柱は止まることは無い。咄嗟にもう一人の男がカバーに回るが流石に全てを捌き切ることは出来ずに幾つかは被弾する。
刺さった氷柱はすぐに溶け出してそこから滴る血が地面の水を真紅に染める。どちらも氷柱を直撃したことで手や足に怪我を負っている。
「砂魔法、鉄砂の蓋」
言葉通りの鉄砂によって空中に蓋のような受け皿が作られ、そこに氷柱が落ちていく。
「炎魔法、炎乱舞」
五本の短剣によって作られる魔法陣から火の玉が上空の砂に向かって飛んでいく。それによって熱を帯びた鉄砂は氷柱を簡単に溶かして完璧な防御の盾となる。
「今ので空間魔法のインターバルが分かりましたね」
どうやらまんまとノルメルの作戦に彼らは嵌ってしまったようだ。空間魔法のような世界に鑑賞する魔法(時間魔法しかり天気魔法しかり)は多大な魔力を浪費する上に連発は出来ない。さっきまであれだけ使っていた空間魔法を使わないということは何かしらの条件があるのは明白な事だ。ノルメルは今ので少なくとも四発は連続で使えないこと、三回使えば三十秒以上のインターバルが起こることを見抜く。
「そういうやつ、俺は嫌いだなぁ」
短剣を持った男はあからさまに嫌そうな態度をとる。
「僕も嫌いですよ。貴方の隣にいるような人は」
弓を引いてその男目掛けて放つ。手に握られていた本には魔法陣が浮かんでいたが、それを中断させて避ける。
「流石にバレますか。まぁいいです、布石は打ちましたから」
それにいち早く気づいたのはリルだった。
「短剣の男、何か魔法を使おうとしている。注意して」
「気を貼るのはいいけど、もう遅いんだよ」
周囲の地面に魔法陣が浮かび上がる。さっきの攻撃で短剣を投げたのは魔法を発動させるためであり、その攻撃で彼らは“ついで”にヒナを殺したに過ぎない。いや、必要材料と言うべきだろうか。魔法陣にはヒナの血が流れ込んでいく。
「大きな魔法には血が必要不可欠だからさ、そのお嬢さんには申し訳ないけど、死んでもらったのさ」
のうのうとそんなことを言っている男だったが、次の瞬間すごい速度で吹き飛ばされていった。突然背後に現れたリルが杖で男を殴り飛ばす。
「タダでは済まないと言ったのが聞こえていなかったみたいだな。僕は今本当にお前たちを殺したくてしょうがない」
魔法陣に流れる血は止まることがなく、ヒナの体徐々に健康を失った青い肌色へ変わっていく。魔法陣に血が行き渡ると、赤白い光を放つ。
「残念だけど、もう遅い。お前の仲間はもうあの魔法で死ぬ。諦めろ。炎魔法、滅炎」
「重力魔法、サイドグラビティ」
ヒナ含めた四人は魔法陣の外側に落下するように落ちる。それをもう一つの魔法陣によって地面へと着地させる。移動が始まり、最後にアイラが魔法陣を出た瞬間に魔法が発動し黒い炎が地面からふつふつ現れたかと思うと、地面に生えていた植物がその炎に触れた瞬間に焼け焦げて灰となって散る。黒い炎が消える頃にはそこだけ元から何も無かったように円形の裸地が出来上がる。
「外したか」
舌打ちをして苛立ちを見せる。こっちも間一髪間に合っただけで、もう少し遅かったらどうなっていたことか。
「帰るぞ、日が沈み始めている。今回はシェルミを回収しに来ただけだ、別にあいつらはいつでも殺れる」
「そうやって虚勢張ってるからいざと言う時お前は負けるんだ。まぁ、今回は聞いといてやる」
「空間魔法、ゲートホール」
二人は沈むように空間の歪から姿を消した。急に辺りは整然とし、雪が悲しさを思い出させるように降り始めた。
ヒナの葬式は一緒に旅をした僕達と事情を知る数人の間てひっそりと行われた。誰にも知られることなく送られるのがなんだか悔しかった。
ライブラでは死者の供養は火葬が主流であり、世界の穴の近くに大きな墓場がある。そこには今までライブラで亡くなった全ての人が埋葬されていて、その大きさは年々大きくなっている。
火葬の前には予め白い着物へ着替えさせるのだが、彼女の服を脱がせた時あるものが目に入った。
「これは、奏石?」
特徴的な琥珀の色に輝き綺麗な菱形をかたどる石はそうそう目にかかれない。紛れもない奏石だ。
「でもどうしてヒナの首にあるんだ」
この石には穴が空いていて首飾りのようにして掛けられていた。何か手がかりになるかもしれないとその石に魔力を流す。
海を漂う船から眺める、水平線の向こうの朝日を見るような、そんな風景が浮かんでくるような優しい旋律が流れてきた。葬儀屋の人も誰もがその音楽に耳を澄ます。音楽が終わると自然と心が穏やかになっていた。
「いい音楽ですね」
「そうだな。これがヒナに関係しているものなんだろうか」
「きっとそうですよ。……師匠?」
「急で悪いけどアイラ、僕の我儘に付き合ってもらえないかな」
「そんなのもちろんです!私は師匠と共にあるんですから」
良かった。もしかしたら来てくれないかと思っていたリルは一安心する。
「彼女の遺骸を親の元に返したい。アクエリアスへ向かう」
「それなら尚のこと、私は師匠に着いていきます。私はヒナに何もしてあげられなかった、友達として。だからホントに些細な事でもいいから彼女の為に何かさせて下さい。でも、どうしてアクエリアスに?」
「奏石の採掘地、アムステルダムはアクエリアスにある。彼女の故郷は多分そこにある」
遺灰を小瓶に入れて、ショルダーバックを掛ける。後悔ばかりの人生、少しずつ償っていくしかない。
ノルメルと瑠璃には黙って出ていった。言っておこうかとも思ったが、瑠璃なんかは絶対着いてくると言ってきそうなので言わないでおく。
「そういえば、ライブラ以外の大陸はヴァルゴ以来だね」
「そうですね。私も他の大陸には訪れたことはありません。アクエリアスは確か、水の都?でしたっけ」
「そう、海の中にある大陸。それを大陸って呼んでいいかは分からないけど、そこには確かに空も“海”もあるらしい」
何かの本でアクエリアスは特別な魔力の結界の中にあって空や海が作られていると読んだことがある。海の中に海があるっていうのがいまいちピンと来ないけど、それも言ってみればわかることだ。
アクエリアスへの行き方もかなり特殊で、引き潮のある時にだけ現れる小さな孤島へ行き、そこにある小さな洞窟の中をひたすら進んでいくと大陸、アクエリアスに辿り着くというものだ。
まるで隠された大陸のような感じがして物凄く不思議雰囲気を醸し出している。当然そこへわざわざ行く人というのはあまりおらず、今乗ってる船にも自分たち以外はいない。
「お兄さん達、アクエリアスに何しに行くんけ?」
船長らしき帽子を被った中年の男が話しかけてくる。舟人というのは色々な所を船で渡るため、こうしてどこの方言か分からないような人もたまにいる。
「ちょっと人探しを」
「はぇ〜珍しか。あそこは潮によって大陸の形が変わるっていう変わった地形やけん、したっけ行くのはもっぱら研究者ばっか。あんたらみたいなんは珍しいね」
ホントになんの方言か分からない。まぁそんなことはいいや。てっきり水の都っていうくらいだから観光する人が多いイメージだけど、どうやら思っていたのとは少し違うみたいだ。
「船旅は長ぇ。しっかり届けてやっからゆっくりしとけ」
試しに船上に出てみたが、前を向いても後ろを向いても見えるのは青い空と白い海、それを隔てる水平線だけだ。
「なんだかボーッとしたくなりますね」
確かに。なんだかここにいると眠気が何処からかやってくるような気がする。
「アイラ、少し寝ようか。どうせすぐに着くんだ、その間くらいはゆっくりしていよう」
「それって師匠と同じ布団ってことですか?」
もじもじとして上目遣いでこちらを見てくる。どうしてそんな目をしてくるんだ?
「いや、どっちでもいいけど」
「じゃあ一緒に寝ましょう!」
「うん」
最初からそう言えばいいのに。僕はアイラと静かな海の声を聴きながら眠りに着いた。




