時縛姉妹と呼ばれるようになった所以
「それじゃあ、次に部下が来たらできるだけ傷つけない方向性で」
さっきの殺し方はあまりにも酷すぎた。敵とはいえ、もう少し慈悲の心をもって接するべきだったと反省し、次に行かそうとしていた。
「あれ、なんで閉まってんだ?」
そんな声が畳の上から聞こえてきた。三人はアイコンタクトを交わし頷くと、
「重力過多」
リルの魔法によって通路の重力は通常の何倍もの強さに変化する。部下であろうその人はそんなことには気づかずに階段を降りてくる。そして廊下に一歩、足を出した時に彼はその異変に気がついた。
踏み出すために出した足はいきなり地面に吸い寄せられるように張り付く。
リルはその隙を逃さずに彼を囲うように魔法を展開していく。
「身体重力解除、空間重力閉鎖」
彼の周りに重力の壁ができる。その内側は無重力状態になり、出ようとすると超重力によって地面に引き寄せられるという見えない檻だ。
すかさずアイラは彼に助けを呼べないようにする。手と足に魔法陣の輪ができ、
「バインド&効果付与《衰弱》」
みるみるうちに彼の顔が青白くなっていき、抵抗することも出来ずにただ宙に浮いていた。
「これはこれで酷いんじゃ」
ホープがそう言うが、「さっきよりマシ」という一言で二人は彼の横を通り過ぎていく。そんな姿を見て少しかっこいいと思ってしまったが、自分も男なのだと気を引き締め直し、ついて行く。
その時、2階ではボスが二人の部下の帰還がないことに酷く苛立ちを覚えていた。
「まだあいつらは戻ってこないのか!」
「少々お待ちください。もうじき戻ってくるはずですので」
それからしばらくの間、緊張の空気が空間を支配した。二分ほどしてコツコツコツと誰かが階段を登る音がした。
「やっと来たか。どれだけ俺を待たせるんだ」
「残念」
やっとこの事態に気づいたらしいが、もう既に手遅れだった。杖を構えているリル達に抵抗するする術はなく、呆気なく拘束魔法と重力魔法で身動きが取れなくなった、ボスを除いて。
「やめろ」
そう言い放った彼の一言でリルもアイラも彼を魔法の対象から無意識のうちに排除する。彼は平気な顔をして、僕達の次の行動を待った。
しかしリルの頭はそこまで頑固な硬さを持ってはいなかった。柔軟な思考をのびのびと生かし、次の作戦を考える。
「雷魔法、ブレイクアウト」
杖から電気の魔法が壁をつたい、部屋にある全ての光源を消し去った。「逃げるよ!」リルの言葉で三人は階段を走って下りた。一目散に扉に向かって外へ向かう。そのままマスターのいる珈琲屋まで行って、彼が着いてきていないことを確認すると中に入った。
「危なかった〜」
アイラの安堵の声が聞こえる横で、ホープは煮え切らない顔をしていた。
「さっきなんで逃げたんだ!」
「あの状態じゃ僕達じゃどうしようもなかった。一回逃げて作戦を考えないと」
あのままあそこにいればきっと三人は魔法で再び支配下に置かれ、以前よりも酷い仕打ちを受けていたかもしれない。そうなるよりは逃げた方がいいと判断したからだ。
「そういうことなら分かった。でもその作戦ってのはなんなんだ?」
「それは今から考える」
「師匠、そんなことをしてる暇はないかもしれませんよ」
遠くから、足音が聞こえてきた。方向は屋敷があった方角。誰が来ているのかは言うまでもなく明白だった。
「ヤバいですよ!もう来ちゃいます!」
「落ち着くんだ。まだ、何かあるはず」
どんどんと近づく足音に焦りが滲み出し、冷静な判断が出来なくなっていく。その時、マスターがふと呟いた。
「ちょっと三人とも、こちらに来てください」
三人がカウンターから奥にある準備室のようなところを進んでいく。突き当たりに扉が見えてきた。
「こちらです」
扉を開くとそこには壁一面に本が広がっていた。ホープも初めて見たようで、驚きが隠せないでいる。
「なんですかこの本」
「これは、私の趣味です」
「なるほど…?」
全然なるほどじゃない。このタイミングで話を振ってきた意味がよく分からなかった。
「見せたいのはこれです」
そう言って真ん中にある机の引き出しから一冊の本を取り出す。並べられている本とは明らかに違う、古い作りの本だった。
「これは?」
「魔法の書です」
リルとアイラはその言葉を聞いて絶句する。ホープはなんのことかわからず、リル達の反応に戸惑う。
「それって、ホントに魔法の書ですか?」
「ええ。私が地上にいた頃旅の途中でたまたま見つけた代物なんですが、私には結局魔法の才がなくてですね、使うことが出来ずにいたんです」
魔法の書というのは伝説の魔女と呼ばれるメイレイが作ったとされる百冊の本のことを指す。
そこに記された魔法は、どれも固有魔法でありメイレイが死の間際に残した伝言によって存在が露見されたため、所在が全て不明の謎に満ちた本である。
「これを使って私たちを救ってくれませんか?」
「も、もちろんです。精一杯頑張らせてもらいます」
これで、彼に勝つ道筋が見えるかもしれない。恐る恐る三人はその本を開いた。




