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ショートショート10月~

終焉のゆくえ

作者: たかさば

「やあやあ、ずいぶん好調ですね!新作、いいねえ!あの死にっぷりは生きてる人間にとっちゃ笑い話だろうけど…ぷぷっ!!」

「おやおや、これはこれは管理人さん。お褒めいただき恐縮です、なかなかとんちの効いたネタだったでしょう、よく書けたって自負してるんですよ。」


 広い空の上、ぷかぷかと浮かびながら物語を綴っている私の目の前に、ぼんやりした人のような姿をした存在が現れた。


「やっぱり一回死んでる人の書く望郷の念ってのは染み渡りますねえ、さすがです。」

「ホントですか、そういっていただけますと、筆を取る手が進みますねえ、肉体無いですけど!!ははは!!!」


 私はつい先日…いや違うな、時間の経過感覚があいまいになってていかんな、ううむ、ずいぶん前?まあまあ若くして病に倒れ、命を終えて、こちらにやってきた…いわゆる魂である。


「いまや魂界では知らない人がいない小説家さんですもんねえ…第一人者は違うなあ。」

「いやいやいやいや…私はただ単に、電脳世界に初コネクトしただけですよ。あとはただ…自分の思いを文字に変えているだけです。」


 自分の中にある物語を文字にする事を楽しみとしていた私は、命を終えた後も…文字を綴ることを望んだ。

 そして、肉体を持たずとも文字を綴ることが可能であると気が付き…今も物語を紡ぎ、公開を続けている。


「あなたのその思いに感化された魂がね、面会を願ってましてね、連れてきたんですよ。」

「あれ、そうなんですか?ありがたいことです、誰だろう?」


 物語を綴れる状況があったことに感謝し、ただ物語を生み出すことに夢中になっていた私の目の前に管理人が現れたのは、もう、ずいぶん前のこと…だと思う。

 魂には、時間の流れを感知する要素が無いので、いまいち実感がないのだ。

 いよいよ自分は天に召されるのだ、もう物語を綴ることはできなくなるのだと落ち込んだ私だったが、意外にも管理人は私の存在を、生きるものたちと同じ世界に存在することを認めてくれた。

 自分の何が認められて、どう許可されて、どうなっていくのか分からない状況のなか、私はただただ、物語を書き続けているのである。


 そんな私と面会を願うものが、このところぼちぼち現れるようになった。

 肉体を持たずして生きるものと細々と交流を続けている私は、生きていた頃よりも知人の数が増えていたりするのである。


「先生、はじめまして!!僕ね、あなたの作品読んで、ずいぶん前を向けたんです。ありがとうございました!!! 」

「そうなんですか、読んでくれて、私の思いを受け取ってくれてありがとう。」


 魂は、広い空にふわりと消えた。


 生きていた頃はあまり作品に注目が集まらず、目立つことが無かった私であったが、このところずいぶん認知度が上がってきているらしい。

 時折、私の作品のファンであるという魂が面会を望んでくれるのだ。

 …大変に光栄だ、ありがたいことだ。


「先生、本当に死んでたんですね…こっちに来て初めて真相がわかって逆にほっとしましたよ。」

「うわ!!なんだ君までこっち来ちゃったのか!!現世はずいぶん寂しいことになってきたなあ…。」


 創作仲間の面会に、少々戸惑いを覚える。

ツイッターや、小説投稿サイトで仲良くしてくれている同胞の面会は…うれしさと悲しみが入り混じる。


「若手もどんどん出てきてますからね、あっちに執着しててもねえ…こっちで書ける事も分かったし。」

「いやあ、最近はごまかすのに必死でね、もうそろそろ駄目かなあ?」


 肉体を持たずして物語が綴れるようになった今、肉体の衰えで物語を読めない悲劇も、肉体の衰えで物語を生み出せない悲劇も存在しない。

 しかし、肉体が存在しない魂が物語を綴るのは、やはり…問題が生じてしまうのだ。


「謎の作家として名を馳せちゃってますからねえ。そうだよなあ、そりゃIP探っても捕まんないはずだよ…。」

「潮時かなあ、生まれ変わるときかも?」


 ずいぶんたくさんの物語を書いてきた。

 まだまだたくさん…書きたい物語はある。

 それを魂に刻み込んで生まれることができるのだと、管理人は教えてくれた。

 私はもう、いつでも…生まれる準備は、できているのだ。


「ちょっと待って下さい!被害者ゼロシリーズが完結するまでは困りますよ!!」


 …いつかは必ず生まれ変わってもらいますからねと、念を押した管理人が、私の生まれようとする意思を阻害しようとは。


「それは確かに困る!!!大丈夫大丈夫、何とかなるからこのまま書き続けてください!!」

「大丈夫ってなんだい!君こそ、優しすぎる神話の悪魔狩り未完になっちゃってるじゃないか!!」


 …ここに来たばかりの新参者の口から何とかなるという言葉が出てこようとは。


「あれはもともと先生の話から引っ張ってきたやつなんですよ!!公言してるでしょ!!あんな盛大な物語、衰えた体じゃ書けるわけ無いんです、不可抗力ですよ!!」

「君、引き継いだ物語はきっちり完結させてもらわなければ困るよ!!!」


 …私の作品が、誰かに届いて、新しい物語を紡ぎだしたのだ。


「無論ここで完結させますよ!!」

「ならば許す!!」


 私の中に存在した物語が、世界に羽ばたき、誰かの胸に収まり…誰かの思いと共に、新たな物語を生み出す。

 物語の循環に、魂の循環を、つい…連想する。

新しい物語は、ここで紡がれてゆくのだ。


 また1人、電脳世界に物語を記す魂が、増えた。…喜ばしいことだ。


 魂は、広い空の下、ふわりふわりと漂ってどこかへといってしまった。

 しばらくは、肉体という器のない、どこまでも自由で縛られない世界の広さに…酔いしれる時期が続くはずだ。


「死んでるならおとなしく消え去るべきだったのに。」

「…何ですか、この人は。」


 作家の魂を見送ると、管理人の背後からただならぬ気配を背負った魂が現れた。


「先生の作品マルパクして新人賞取った子ですよ。」


 私は肉体を持たない。肉体を持たないから、電脳世界以外に進出できる場がない。

 私は肉体を持たない。肉体を持たないから、現実世界で賞をいただくことに執着しない。


 私が肉体を持たないからなのか、私ではない肉体が、私を語ることが有るらしい。

 私が肉体を持たないからなのか、私ではない肉体が、私の作品を拝借することがあるらしい。


「マルパクって何だ!!俺は世界中から認められて受賞したんだ!!」

「あの物語のあの流れ、あの描写、あの独特の言い回し…検証者が溢れて、結局新人賞受賞は取り消しになったんでしょ。」

「ああ、あの騒ぎの子か、色々と気の毒だったね。」


 私は自分の作品を、世界に解き放つことだけに執着しているから…別に構わなかったのだ。

 私の作品を、自分が書いたものであると公言して発表するものがいても。


 私は、作品が読まれることを願って文字を物語にまとめ、発表した。

 私は、私が書いた作品であることを世界に知らしめるために物語にまとめた訳ではないのだ。


 私の物語を継いでくれるのであれば、それでいい。

 私の物語が、誰かの中で新しく物語になるのであれば、それでいい。

 私の物語から、物語が生まれることは、私の中では、喜ばしいことなのだ。


「死んだ癖にのうのうと生きた人間に混じって小説家気取とかマジ使えねえ、何が謎の人物だよ!気分わりぃ。俺はお前に振り回されただけの人生だったんだよ!!返せ、返せよ、俺の人生を!!」


「…君、自分の作品書かなかったのかい?物語が書きたくて小説家になったんじゃないのかい?受賞はただのきっかけに過ぎないだろう?受賞に満足して作品を書くことをやめてしまったのかい?」


 文字を綴り物語とする事に夢中になれる…同志、仲間、戦友、同胞。


「ああ、なりたかったさ、文字書いて楽して生きたかったね!!だから俺は小説を書いてやったんだ!!」

()()()()()()()()


 同じ、物語を書くものとして…時に笑い合い、時に褒め称え合い、時に苦言を呈し合い、時に涙を流し合い、心に残る物語を綴ることを願う、私。

 同じ、物語を書くものとして…影響され、影響を与え、閃き、文字を連ねなければならぬという焦燥感に駆られながらも、作品を生み出したいと願う、私。


「へたくそな文章でつまんねえ文字が並んでたから俺が添削してやったのさ!お前の未熟な作品を俺が書き直してやったんだ!!俺が直してやったから注目された!俺が書いたから絶賛された!俺の中にお前の要素はない、あの受賞作は俺の作品だ!!!なのに、誰も彼もが俺に向かって後ろ指を差しやがる!」


「胸を張ってこれは自分の生み出した作品だといえば良かっただろう。」


 君があの作品を書いたというのであれば、君はあの作品をすべて背負わなければならない。

 私の感じた哀愁や悲しみを、すべて背負った上で、あの物語を背負わなければならない。


 …あの作品は、私の書いた、私の物語であった。この青年の、書いた物語では…なかった。


 君の書いた物語は、君にしか分からない物語でなければならない。

 君があの物語を書いたというのであれば、命の行方を思って笑うことしかできなかった男の悲しみを理解しなければならない。

 君があの物語を書いたというのであれば、命の行方を思って笑うことしかできなかった男の悲しみを理解した気になって涙をこぼす読者を笑い飛ばす気概を持たねばならない。


 君の書いた物語は、君が理解できない物語であっていいはずがない。

 君の書いた物語が、私だけが理解できる物語であっていいはずがないだろう?


「言ったさ!!これは俺が思いついて、俺が書いた作品だと!!けど、世間は俺の言葉に頷いてはくれなかった!こんな子供に悲哀に満ちた中年男性が書けるはずがない、こんな未熟な人間に思慮深い一言が書けるはずがない、こんなすばらしい物語を書く人がバラエティ番組で人を見下す発言をするはずがない、はずがないはずがないはずがないはずがない!!!…もう、うんざりだったんだよ!!二作目以降、俺がどんな気持ちで小説書いたと思ってるんだ!書いても書いても誰一人俺を褒め称えない!ありがたく読めよ!俺の書いた小説なんだぞ!?俺が、俺が書いたんだ、俺が書いてやったんだ、受賞作こそつまんねえ話だったんだ!!」


「…君が書いた物語なんだろう?君が書きたいと願って物語にしたんだろう?君が書いて物語が世間に認められたんだろう?君の中から出てきた、君だけの物語なんだろう?何で主人公が笑って首を絞めた心境を理解できない?何で独特の言い回しをしなければいけない状況があったことを理解できない?何で…。」


 あの作品は、君の中では受け止めきれず、ただ溢れてしまったのだ。

 …あの作品は、君のものになれなかった。


「後で先生の作品が注目されてマルパク疑惑が出たんですよね。」

「うるせえっ!!!そんな細かいことは忘れちまったんだよ!!お前のせいで俺の作品が汚された!お前の作品ばかり取り上げられるようになって、俺の受賞が取り消された!お前のせいでお前のせいでお前のせいで!!俺は受賞して、俺は認められて!俺は贅沢に生きるはずだったんだ!!それを、それをお前がアアアアアアアアあ!!!俺は許さん、お前を、許さんぞおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 青い空にふさわしくない、どんよりとした暗くて重たいもやが広がった。

 もやは大きく広がり、私を包み込もうとしている。


「はい、そこまで…やっぱり無理みたいですね。」


 管理人が手を広げると、もやは音も無くぱっと消えた。

もやを噴出していた魂は…真っ黒な塊になって、管理人の胸ポケットに納まった。

 私の前に広がるのは、ただただ青い空ばかりだ。


「ずいぶん重たい魂だったのでね、重くなった元凶…言い方が悪いですね、すみません、先生に会ったら軽くなるかもと思って連れてきたんですけど、全然駄目でしたね。…もう下に持っていくしかないな。」

「あの難しい物語を解ってくれる誰かがいた事に…私は喜びを得たんですよ、本当に。…残念なことになってしまったけれども。」


 いつか、黒く固まってしまった魂は、また文字をつなぎたいと願うだろうか?

 いつか、また…自分の物語を書きたいと願うことがあるだろうか?


 …私の中に、物語の欠片が、ぽこ、ぽこと、生まれた。


「また書きたい物語が増えてしまった…。」

「先生だったら、このやり取り、シニカルな軽い笑いに変えることができますもんね、期待してますよ!!」


 …私は、なかなか生まれることができないようだ。


 生まれ変わった後、自分の作品を読むのを楽しみにしてるのだけども。

 生まれ変わった後、自分の作品を読んで、感化されて、物語を生み出したいと願っているのだけれども。


 …この先、私はどうなるのだろう。



 謎の作家の正体が判明するのが先か、私が生まれ変わるのが先か。



 終焉の先の行方は、まったくもって不明なので、ある。


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― 新着の感想 ―
[良い点] わーお。なかなかヒャッハーしてますね [気になる点] やっぱり自分の物語を描かないとですね。表現をパクっても上手くいかないものです。難しい。 [一言] 生まれ変わって、人魚姫になって、筋ト…
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