幼なじみが暴君すぎるので絶縁した~陰キャな俺が実はモテていた件~
限界だ。
何かが切れる音がして、腕にいくつもぶら下がっていた袋を地面に叩きつける。今日も今日とて隣の家に住む幼なじみの買い物に付き合わされて、折角の休日が丸一日荷物持ちで終わった。消耗した心はとうの昔に折れていたと思ったが、まだ生きていたらしい。
透明なビニール袋に入ったブランド物の服が崩れ、驚いた顔で振り返った幼なじみに吐き捨てた。
「もう無理だ。付き合いきれない」
くりんとした茶色の目を大きく開いて、徐々に瞳を潤ませていく。横を通り過ぎたおっさんが頬を赤らめて足を止めたのが視界の端に映る。涙が零れるか零れないかのギリギリを保ち、モデルのように整った眉を下げぷっくりと桜色に色付く唇を歪める。
「あたしがわがままだから、疲れちゃったの……?」
澄んだ声はよく通る。俺にだけ向けたような声は、周りへの演出だ。傷つきながらも決して縋ることはしない、女優ばりの名演技でいつものように俺を悪者に仕立て上げる。
通り過ぎていったカップルの男が「女泣かしてるよ」と笑いながらも非難の目を向けてくる。ポツポツと立ち止まって様子を伺っている人も見える。
構うものか、ここで振り払わなければ一生この女に人生を食い潰されてしまう。
「そうだよ。お前のわがままにはもううんざりだ、二度と関わるな」
頬を引くつかせた幼なじみを置いて、その場から逃げるように立ち去った。
浅木笑美。文武両道才色兼備という言葉は彼女のために生まれてきた、と言われるほど完璧な幼なじみ。
笑えば漫画のように花が咲き乱れている幻覚を見るし、視線が合えば心臓発作を起こしそうなぐらい動悸がして、指先がチョンと当たっただけで嬉しさのあまりバイブモードの携帯のように震える。
そんな男子の反応を見ても女子がドン引きするどころか、「流石麗しの浅木様」と言い出すあたり末期だ。俺だけが別の世界から見ているんじゃないかと錯覚しそうになるほど、周囲と感覚があわない。
物心ついた時には既に俺の隣にいた笑美はその女神スマイルで何もかも自在に操ってきた。自分が可愛く美しいのだと自覚した上で、どうすればわざとらしくならずに甘えるか脳みそを使い、当たり前のように幼なじみの俺をこき下ろした。
周りには天使や女神に見えるらしいその顔は、俺には悪魔か鬼にしか見えない。自分の目がおかしいのかと何度も考えたが、逆立ちして見てもやはりその顔は醜く歪んでいるようにしか見えない。
違和感を抱きながらの幼少期、何度か反抗を試みるもその度に周りから非難され心をバキバキに折られ続けた少年期、そして無の境地にたどり着いた現在。
絶縁を言い渡した翌日、試合をしたあとのボクサーのようにロッカーは凹凸が出来たし昼休みには金髪になり損ねた悲しい髪色の不良に絡まれロッカーのようにボコボコに殴られた。俺はいつからボクサーになったのだろうか。ゴングが鳴る前に逃げ出したというのにこの有り様。
切れた唇の端から滲む鉄分を摂取しながら一緒に飯をとる。頬が腫れていて噛む度に痛みが走る。いてぇ。
俺が悪いのかといえば、悪かったのは運としか言いようがない。誰もが羨む、笑美の幼なじみというポジションをとった時点でその後の人生にかける運が枯渇したんだろう、多分。配分が下手にも程がある。
血の味のする白飯を口の中に放り込んで、もそもそ食べる。赤色の食べ物をとると体が元気になると聞くが、この赤色は食べれば食べるほど弱っていく。
「あの、絆創膏……あげる」
ずり落ちかけた丸メガネを人差し指で上げながら、1人の女子が手のひらに1枚の絆創膏を乗せて声をかけてきた。ぷくぷくと丸い小さな手は赤ん坊みたいだ。お岩さんのような顔になっているであろう俺によく声をかけたものだ。
礼を言って素直に受け取り、さてどこに貼ろうか悩む。1枚では追い付かないほど傷が多い。絆創膏をどこに貼ろうか悩むなんて初めてだ。普通怪我をした箇所に貼るために開けるんだが、貼り終えるのを見届けるのが使命とばかりに見てくる女子の視線に耐えかねて、さっきから地味に出血している唇の横に貼る。
「サンキュ」
「良かった」
無事使命を果たしたようで、足取り軽く席を離れていった。
その日以降、少しづつ絆創膏をくれた女子と話すようになった。笑美が陽キャなら俺は陰キャなわけだが、なぜか幼なじみと絶縁して数日経ってからというもの、図書室で偶然同じ本を取ろうとした後輩や廊下で派手にプリントを撒き散らして半泣きしていた先輩とも会話が増えた。後輩も先輩も女子だ。
女子と会話する機会が増えたから何か起こるわけでもない。陰キャな俺には程遠い話だ。
いつものように中庭で日向ぼっこを兼ねて寝転がっていると、頭上から声が降ってきた。
「土で汚れちゃうよ?」
「先輩、髪の毛に草がついています」
「後輩君! 一緒にお昼ご飯食べよ~」
今目を開けたら危険な気がするので、瞼を下ろしたまま「今寝てるんで」と返せば仕方ないなぁと呆れるような絆創膏女子の声とむくれているであろうプリント先輩の声が降ってくる。最後に図書室後輩のでかいため息が聞こえた。
3人は俺の周りを固めることに決めたようで、挟まれた状態で女子のトークに花が咲いている。楽しそうで何よりだ。別に俺を挟んで話す必要は全くないと思うんだが、盛り上がっているから放っておくことにした。
うとうとしていると、突然頭上で白熱したジャンケンが始まる。人の頭の上で勝手に勝負を始めないで欲しい。しかも中々決着がつかないのか、悔しそうな声が三者三様に出ている。
弾けるような声が聞こえ、パッと目を開けたらドアップの絆創膏女子の顔があって反射的に起き上がる。石頭というやつなのか、額どうしで喧嘩したらものの見事に負けた。痛みに悶えて呻く。
「ご、ごめん!」
「いや……俺こそぶつかって悪い」
まさか凹んでないよな、確かめるように額を触っていると図書室後輩とプリント先輩がなぜか嬉しそうに見ている。何が何だかさっぱりだが、女子3人は息が合ったらしい。
楽しそうに話しているのを眺めながら、柔らかい何かが腕に当たっている感触にどう反応すべきか悩む。当たっていると素直に言えばいいのか、いやそれは絶対ダメだろうと冷静に考える。会話に夢中になって体勢が前のめりになっているのだ、ここは大人しくしておいた方がいいだろう。
しかし、何で毎回俺の体を挟んで会話するのか。
こちらを恨めしそうに見てくる男子に視線を向けると、慌てたように逸らされた。隣にいた笑美が般若の顔をしているのは俺にしかわからないと思う。恋人でもあるまいに、自分が隣にいるのに他の女子に見惚れていたのが許せないんだろう。あの男子が明日無事に登校してくることを思わず祈ってしまった。
笑美の機嫌を損ねることがどれほど恐ろしいことか、身をもって知っている。
気にする素振りを見せながらも自分からは絶対に話しかけてこない。プライドの高い笑美のことだから、俺から接することがなければ元の関係に戻ることもない。安心して学校生活が送れる。関わらない姿を見れば、天使だ女神だと崇めている男子や女子も段々興味を失っていく。
暴君な幼なじみから理不尽に振り回される日々から解放され、クール系後輩と不思議系クラスメイトと癒し系先輩に囲まれ、いつの間にか弁当を作ってもらったり義理だと言い張り顔を赤らめながらバレンタインチョコを渡されたりしている内にふと気付く。
図書室後輩は文系美少女と呼ばれていることに。
絆創膏女子はメガネを取ったら化ける隠れ美少女だと呼ばれていることに。
プリント先輩はドジっ子な愛され美少女だと呼ばれていることに。
そんな3人に囲まれている俺が、激にぶラブコメ主人公爆ぜろ、と呼ばれていることに。
何でこうなった。