職場紹介
終わらない残業、フロアに響く怒号。
─咀嚼される、同僚。
そんな光景は、この職場ではよくあるものだ。
被害者である藤見君には気の毒だが、彼はその名のとおり不死身の屍人なのでさほど心配はしていない。
ゾンビに痛覚があるなら可哀想ではあるのだが、頭を齧られながらもタイピングを続けているので、特に問題はないようだ。
そこで泡を吹いて倒れている新入社員には少々刺激が強かったようだが、まぁ誰しも通る道だろう。
同僚が頭から喰われていることよりも、仕事のピーク時にクチャクチャと不快な音を立てる上司に対して苛立つ気持ちの方が強くなったあたり、僕もいよいよこの世界に順応したのだと実感する。
僕が注意するべきか悩んでいると、いつも無表情な事務員の佐々木さんが口を開いた。
「部長。いくらお腹が減ったからって、そういうことはやめてもらえませんか」
彼女、佐々木さんは人間の精力を糧とする淫魔なのだが、ビン底眼鏡にボサボサ髪といった風貌で、同僚の豚女からは陰で『干物ちゃん』と呼ばれている。
とは言え、隠しきれない色気は逆に際立ち、サキュバスらしからぬクールな物言いも相まって男性社員にはかなり人気があるのが事実である。心を許した相手にはどうなるのか、僕も非常に気になるものだ。
「そうですよ部長!俺だって、俺だって腹は減ってます!」
佐々木さんに継いで文句を言ったのは、小鬼の後藤である。鷲鼻の禿頭で、ギョロリとした眼が特徴的な亜人だ。
人間界では間違いなく抱かれたくない男ランキングにノミネートされる彼であろうが、ゴブリンはまだ人の成りをしているだけマシかなと思う。
事実、後藤の奥さんは人間だ。大層な美人で驚愕したのだが、コイツのどこに惹かれたのだろうといつも思う。
対して煽りを受けた部長は不機嫌そうに唸っていた。ちなみに藤見君は頭の半分がすでに喪失していたが、キーボードを叩く手は止めていない。素晴らしい社畜根性である。
「チッ、うるセェな。こんな時間まで働かさ……働かさせて頂いているのは、お前らの働きが悪いからだろうがヨォ!」
部長は人喰いで有名な大鬼種族だ。強いヤツ至上主義だったかつての魔界ではエリートだったらしく、その流れで管理職に就いているらしいが、資本主義に変わった今の魔界ではお荷物同然。
パワーハラスメントを文字通り『腕力』で行使するこの男は、この世界の監視者たる労働基準監督署の天使たちがいなければ、仕事を放棄して人間狩りでもしていたに違いない。
僕が出向してきたばかりの頃は天使たちの監視も甘く、カメラの死角を狙ってよく食べられかけたものだ。
さて、この物語はこんなクソみたいな魔界に出向するはめになった、僕の日常の記録である。次回はこの異世界の成り立ちについて説明しよう。
……僕がまだ、生きていればね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
感想や評価をいただければ主人公も頑張って生き抜くことができますのでよろしくお願いいたします。