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エピローグ

「ふぅ〜……」


 私は飲みかけの缶コーヒーをいじりながらベンチに深く腰掛ける。ひどく疲れていた。

 少し頭を整理したい気分だ。


「先輩、こちらでしたか」


「ああ、君も来たのか。傷の具合はどうだ?」


「派手に出血しましたが、縫ったのでもう大丈夫です。しばらく片目生活なんで少し不便ではありますが」


 相方の右目には医療テープが貼ってあり、半眼になっている。確かに見辛そうだ。

 私はベンチの端に詰めると相方に席を薦める。

 相方が隣にゆっくりと腰掛けた。


「申し訳ありませんでした。私が怪我をしなければ、しっかり取り押さえていれば、このようなことにならなかったかと」


 相方は座ると同時に私に向かって深々と頭を下げた。

 私は頭を上げさせるために肩をポンポンと軽く叩く。


「よせよ。しょうがない。かつらは車の中じゃ至極大人しかったからな。まさかボールペンで君の目潰しをしてまで逃走するとは私も思っていなかった。ましてや、逃げた後こんな展開になるとは誰にもわからんさ。被疑者死亡とはな」


 私はふうと嘆息をつく。

 

「自殺で確定でしょうか?」


「おそらくな。不可解な点はいくつかあるが、他に誰かいた形跡もない。錯乱状態になって飛び降りたというのが妥当だろう」


「生きたまま償わせたかったです……」


 相方が悔しそうに俯く。どこまでも真っ直ぐな男だ。


「……そうだな」

 

 私はその背を優しく叩いて立ち上がる。


「さぁ、そろそろ行くぞ。いつまでも落ち込んでいる暇はない。マスコミも騒ぎ始めることだしな」


 私は残っていたコーヒーをグッと飲み干した。

 

**********


「あ、もしもし、俺高野だけど」


『お〜、高野くん? 先月は参列ありがとね〜! あ、内祝い届いた?』


 高野の電話に明るく瑛子が応えた。高野はほっと息をつく。


「ああ、昨日受け取ったよ、めちゃくちゃ上等! ありがとな、あんな高級酒! しかも燻製セットまで」


『いろいろ迷ったけど高野くんといえばお酒かなぁって。喜んでもらえて良かった〜!』


「わざわざ送ってもらって悪いな。引き出物も立派だったのに」


『いやいや〜、東京まで来てもらったしねぇ。それに高野くんご祝儀たくさん包んでくれたやない! お礼せんわけにはいかんよ!』

 

 笑った瑛子は、しかし少し不思議そうに問いかける。

 

『ところで電話は内祝いの件で?』


「あ、うーん。それもあったんだけど別件でちょっと。聞きづらいんだけど聞いてもいいかな。気を悪くしないで欲しいんだけど……」


『うん? 何やろ、そんな言い方されるとめっちゃ気になる〜。いいよ、聞いて〜』


「うん、あのさ、実は葛から電話が会ったんだけどさ。……水本、最近あいつに会ったりした?」


『え? カツラって……? あ、葛くんか! いや、会わんよ〜。どして?』


「いやなんか、あいつがさ、水本に会ったんだ、間違いないって突然電話でまくし立てて来てさぁ……。様子があまりにもおかしかったから心配になってさ」


『そうなんや? でも、会ってないよ〜。連絡先も知らんしなぁ』


「だよな、良かった。なんかオカルトにでもハマってんのかもしれないな。幽霊がどうとか言っててさ。わけわかんなくて怖かったよ」


『ええっ、オカルト? そんなの信じるタイプやなかったと思うけど……』


「だよなぁ。だから俺も不思議で……。まあ俺もしばらく会ってないから、仕事とかで何かあったのかもな。

 ごめんな、変なこと聞いちまって」


『いえいえ、全然大丈夫よ〜!』


「一応、こっちに帰省する時は気いつけてな。葛もまさか押しかけたりはしないと思うが……」


『ええ? そこまで? そんなに心配せんでも大丈夫やない?』


「いや……、冗談抜きで真面目に様子がおかしかったから、マジで気をつけてほしい」


『そ、そっか、了解。でも、しばらくは新居の荷解きとか仕事とかで忙しくてどのみち帰省できんと思うし大丈夫! 心配ありがとうね』


「おう、なんかごめんな。また機会あったら皆で飲もうぜ。旦那さんにもよろしくな!」


『いえいえ〜! それじゃあまたね〜!』


 プツ、ツーツーツー。電話が切れた。

 高野はしばらく携帯の画面を見つめて呟く。


「……ま、ただの杞憂かな」


 **********


 電話を切った瑛子は不思議な気持ちでいた。元カレの話をこんな形で聞くとは。

 しかもオカルトにハマっているなんて物凄く奇妙な感じだ。


「一時期は本当につらかったなぁ」


 最近はすっかり記憶も薄れていた。

 しかし、改めて思い返してみるとなかなかな恋愛だった。特に別れる直前は本当にひどい扱いだった。自分でも感心してしまうほどだ。

 葛は常に愚痴やため息を吐いて不機嫌だったし、瑛子が怒鳴られたり髪を掴まれたりするのは日常茶飯事。無理やり迫られたり、首を絞められたりすることもあったのだ。いわゆるデートDVというものだったんだろう。


「あ! そういえば、あの人形!」


 瑛子は荷解きで散らかった床をひょいひょいと避けながら進み、ベッドの隅に置いていた小さな段ボールを開ける。

 くたびれた手乗りサイズの人形が出てくた。麻ひもをぐるぐると巻いて作られたのっぺらぼうの人形だった。擦り切れた小さなたすきをつけていて、そこには『あなたが幸せになることが最大の復讐になることを証明する人形』と細かな文字で書かれている。変な名称の人形だ。

 しかし、参っていた時期の瑛子はしばらく人形をしっかり握り込んで眠る日々を過ごした。ちゃんと立ち直って元気になって幸せになるんだと毎晩祈っていた。


「本当にお世話になったなぁ、あの時の占い師さん」

 

 今は占いなんて縁がない瑛子だったが、当時は相当参っていたのだろう。心の拠り所として占いにのめり込んだ時期があったのだ。人形はその占い師から買ったもので、端的にいえば胡散臭い占いグッズだった。

 すっかり忘れてしまい込んでいたが、引越しの際に先日見つけていたのをオカルト繋がりで思い出した。


「幸せになったら必ず供養しなさいって言われてたんだよね。今度神社でお焚き上げしてもらおうかな」


 そう言いながら瑛子が人形を拾い上げた途端、その首がもげて落ちた。


「えっ! 急に!?」


 驚いて声を上げる瑛子の手の中で人形はぼろぼろと崩れる。手足までもげてしまった。

 

「あちゃ〜、もろくなってたんかなぁ」


 もっと早く供養してあげたら良かったな、と思いながらふと瑛子は疑問に思う。


「……こんなに色濃かったっけ?」


 汚れもついているしバラバラになってしまったが、確かにその色は濃い赤色だった。元はもう少し薄いピンク色だったような気がするが……。

 瑛子は少し首を傾げたが、綺麗な袋を探して人形を入れると丁寧に引き出しにしまった。

 人形がだんだんと黒ずんでいったことには気づかなかった。

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