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4話:電話と事実

「ハァッハァッハァッハァッハッ」


 俺は廃ビルのひしゃげたロッカーと柱の隙間に身をねじ込んでしゃがむと必死に息を整える。心臓がドッドッドッと激しく騒ぎ耳元で鳴るようだった。

 冷たい柱に頬を押し付けると、少しは呼吸と心臓が押さえ込める気がした。混乱と焦りで目に涙が滲む。

 ……わからない、わからない、わからない。なんでこんなことに。

 俺はエイコの幽霊に言われて土を掘っただけだ。なんで包丁が。なんで警察が。なにもしてないのに殺人犯だなんて。

 警察の隙をついて逃げ出したは良いものの、俺は途方に暮れていた。少しの物音にもびくびくする。怖い。吐きそうだ。今にも暗闇から警察の追手が現れそうな気がする。俺はその辺に散らばっている汚ならしい段ボールとビニールシートの破片を必死に引き寄せると体を覆い隠した。砂かゴミかパラパラと降りかかる。カビ臭い匂いが鼻をついたがそんなこと気にする余裕はない。

 やっと呼吸が落ち着いてきた。廃ビルの中は静かだ。だからこそ一層俺を探す足音や声が聞こえてきそうだった。遠くで響く街の喧騒にサイレンが混じっていないか必死で聞き耳を立てる。息を殺してとにかくじっと耐える。

 どれくらいそうしていただろう。相変わらず廃ビルは静かだ。サイレンの音もしない。呼吸は平常に戻ったし心臓も少しだけ落ち着いた。

 考える余裕が少しだけ戻ってきた。

 これからどうすればいいのか。社宅には戻れない。無理やり連行されるところを見られた。管理人が今頃どんな噂を流しているか。そもそも警察が張り込んでいるかもしれない。

 持ち物と言えばポケットにつっこんだままだったスマホぐらいだ。あ、そうかスマホはあるんだ。俺は段ボールを自分の体の前に立ててなるべく光が外に漏れないようにしながらスマホを見た。まずはニュースだ。……よかった、自分の名前を検索してもFasebookとか姓名占いくらいしか引っ掛からない。まだ実名報道はされてないようだ。次に地名や逃走、殺人などのキーワードで検索してみる。しかしこちらも俺のことっぽい記事は出てこない。匿名報道もまだらしい。少なくとも世間にはまだバレてないようだ。ほっと安堵の息が出た。

 そうだ、警察が言っていた事件のことも調べよう。いくつか検索ワードを入れるとそちらはヒットした。しかし結局女性が自宅で刺されていたというくらいの記事しか出ておらず警察から聞いた以上のことはわからなかった。俺はスマホを閉じる。

 ずっと同じ体勢でいたので足がしびれてきた。

 俺はなるべく音を立てないように姿勢を変えて膝を抱えて座り込んだ。疲れた。顔を膝の上に伏せて目を閉じる。

 どうすんだ、これから。

 どうしようもなかった。警察は俺を完全に疑ってる。包丁が決定打だ。本当に拾っただけなのに信じてもらえやしない。俺だって他人が同じことを言ってたら信じられない。幽霊に指示された場所を掘ったら包丁が出てきたなんて、嘘にしてもあまりに馬鹿馬鹿しい。

 目を閉じてじっとしていると、あの夜のらんらんと光るエイコの瞳を思い出す。恐怖と焦りと疲ればかりだった心にムクムクと怒りが湧いてくる。

 くそ、なんなんだよ! 俺のことまだ好きだっつった癖にこんなことに巻き込みやがって! 恨みでもあるのか!?

 そう考えたところで俺はハッとした。


「もしかして本当は恨んでたのか……!?」


 俺はエイコとの最後を思い出す。泣き叫ぶエイコ。拳を握りしめるエイコ。飛び出していったエイコ。

 まだ好きだと笑う幽霊の言葉を信じきっていたが、最後に会った生身のエイコは泣いていたのだ。

 ――――もし本当は俺を恨んでいて最期に化けて出たんだとしたら?

 そうだとしたら。こんな冤罪に巻き込まれたのは間違いなくエイコの仕業だ。幽霊の呪いなんだ。俺は背筋が急にぞっとして身震いした。

 どうしたらいいんだ? 呪いだなんて。

 俺は自分の二の腕を掴んで擦る。寒気でくらくらして俺は途方にくれた。

 

******

 

「もしもし、高野? 高野か!?」


 繋がったスマホ。廃ビルの屋上の古びた貯水タンクの影に隠れて俺は必死に呼び掛ける。

 何としてでも今話したい。少しでも情報が欲しい。


『その声、(かつら)か? 久々だな。俺の番号教えたっけ? てか、そんな焦ってどうした?』


 電話越しに高野が返事をする。屋上の強風のせいかノイズが少し混じるが俺は返事が来たことに安堵する。

 

「メールの履歴遡って前同窓会関係でまわってきてた連絡先にかけた。繋がってマジで良かった。

 どうしても聞きたいことが! あのさ、エイコの葬式って呼ばれたか? エイコの墓どこだかわかるか!?」


『ハァ? エイコって、おまえが昔付き合ってた水本瑛子のことか? 葬式って、突然何言ってんだおまえ?』


「隠さなくてもいい。俺がひどい振り方したから皆教えてくれなかったんだろ? でも、高野は同窓会の幹事をするくらい人望も篤いし、エイコとも、エイコのいたグループの女子とも普通に仲良かっただろ。だからおまえは呼ばれてるだろ? 呼ばれなくても知ってはいるはずだ!」


『いや……、とりあえず落ち着けって。おまえが何を勘違いしてるのか知らんが、水本は普通に元気だぞ』


「そんなわけない! エイコが俺の前に幽霊になって現れたんだ! マジなんだ!」


『……幽霊? 何言ってんだおまえ、大丈夫か?』


「本当なんだよ、信じてくれ! いや! じゃあ信じなくてもいい。とにかく俺はエイコの墓参りをしなくちゃいけないんだ。それか仏壇でもいい。謝りたいんだ。呪いを解かなくちゃ……、おまえなら線香くらいあげただろ? だから嘘つかずに場所を教えてくれ。じゃないとほんとに困るんだよ! 警察がわけわかんない理由で俺を疑ってきてて!」


『警察!? 葛……、おまえ本当に何やらかしたんだ? 水本に今更迷惑かけんなよ?』


「エイコに迷惑かけられてんのはこっちだよ! 急にあいつが俺の社宅に現れて! 幽霊で! 包丁掘らされて!」


『ちょっと、落ち着け! 意味がわからん。最近水本に会ったのか? 水本は上京してて地元にゃいねーぞ?』


「だから、幽霊になってっから前どこに住んでたとか関係ないんだって! 俺に取り憑いてんだよ!」


『だから、落ち着けって! 幽霊はおまえの勘違いだろ!

 てか、俺先月会ってるし、昨日RINEのグループにもメッセージ来てたぞ? 普通に元気だって!』


「は……、え? 昨日?」


『そうだよ、昨日だよ。黙ってたけど、水本は先月結婚してるよ。大学同期で都合がつくやつは東京観光も兼ねて結婚式にも参加してる。幸せそうだったよ。葬式とか墓とかマジで失礼だぞおまえ』


「そ、そんな馬鹿な……。じゃあ俺が会ったのは……」


『だから勘違いじゃねーのか? 他人の空似だろ?』


「いやいや、見た目とか大学のまんまだったし、声も話し方もエイコそのもので」

 

『いや、今の水本、あ、もう水本じゃねーけどさ。髪も伸ばしてたし痩せてたし、大学の時とはかなり印象違ったぞ。結婚式で会ったからわかったけど、街中ですれ違ってたとしても多分わからんと思うぞ。大学の時のまんまって、それならなおさら別人だって』


「そ、そんな……」


『……気は済んだか? 葛が誰と会ってどういう状況なのかいまいちよくわからんが、少なくとも水本は絶対関係ないし、当たり前だが元気に生きてる。

 大学の時、おまえと別れた後の水本は本当にしんどそうで皆が心配してたんだ。直接おまえに何か言ったやつはいなかったかもしれんが、おまえに怒ってるやつはかなりいたんだぞ。やっと水本が幸せを掴んだんだから絶対邪魔だけはすんなよ! じゃあな!』


 ツーツーツー、と電話が切れた音だけが無情に響いた。 


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