3話:濡れ衣
「だから俺は何も知らないって言ってるじゃないっすか!」
バンッと机に叩いて葛は立ち上がった。大きな音が響く。大荒れだな。だが、この程度は予想内だ。相方も至って静かに奴さんを見つめている。
私は努めて冷静な声で問いかける。
「落ち着いてください、葛さん。あくまで我々はお話を伺いたくて来ただけです」
「そうです。事実を教えてくださればそれだけで結構です。お座りください」
「事実って、もう全部お話ししましたよ!
その写真の女性のことは知らないし、先週の日曜日はひとりでぶらぶらしてたって! 街中の監視カメラとかで確認してくださいよ!」
葛は語気を強めながら渋々席につく。焦りからかイライラと貧乏ゆすりを始めた。私は目を細めて葛の反応を観察する。少しの違和感も見逃してはならない。
「カメラの確認は後ほど行いましょう。ですが、あなたのアリバイを証明できる人はいないんですね? ひとりもですか?」
「それは、ひとりで出かけたんだからしょうがないじゃないですか! 特に人と会ったわけでもないし。でもコンビニとかパチンコとか店のカメラを見てもらえば写ってるはずですよ!」
「わかりました。では、行き先をこちらに書き出していただけますか? どこにどういう順序で行ったのか、できる限り細かく正確に書いてください。それとどういう服装だったかも。着用した服と靴は後で実物を見せてください」
私が紙を差し出さすと葛は乱暴な手付きで行き先を殴り書きする。よほど苛立っているのだろう。筆圧でペン先が紙を突き破る。
しかし読めないほどではない。書き終えられたそれをさっと回収すると私はじっくり検分する。駅前のコンビニ、パチンコ、公園、スーパー銭湯、居酒屋……。服装はキャップにジーパンとグレーのトレーナーか。服装自体はありふれているがカメラの映像が回収できそうな場所は多い。どこから聞き込むか……。
私が考えに耽っている間に相方が話し出した。
「それでは、鍵の件についてもう一度伺います。今月3日の夜、あなたは中央駅前交番にキーケースを拾得物として届けましたね。それは間違いありませんね?」
「はい、それはその通りです。駅前で拾って、近くの交番にすぐに届けましたよ」
「そのキーケースを届ける前に合鍵を作りませんでしたか?」
「ですから、作ってません! そもそも作る意味がないじゃないですか? どこの何の鍵なのかもわからないのに合鍵作ったってそれでどうするってんです!?」
「その鍵は被害者女性の部屋の鍵でした。現場の近くに正規品でない、真新しい合鍵が落ちていました。これは葛さん、あなたが作ったものではないですか?」
「だから、知りませんって!」
「女性が普段使用していた鍵、あなたが拾ったキーケースの鍵ですね。それは見つかっています。予備の鍵も新品の状態で複数見つかりました。被害者には合鍵を必要とするような同居人も交際相手もいませんでした。そして、物件の賃貸規則で正規外の鍵を作ることは鍵穴の傷みに繋がるため禁止されています。
この状況で被害者自身が合鍵を新たに作るとは考えにくいんですよね」
「考えにくいから何です? もしかしたら、規則なんか無視して作ったかもしれないじゃないですか? 俺には関係ないことですよ」
葛はフンッと鼻をならす。
しかし相方は淡々と鋭く問い続ける。
「葛さん、あなたはキーケースを届けた際に、遺失者から報労金を得たい旨を申し出ていますね。それは実際に受け取りましたか?」
「そ、それは、そうですけど……。別にいいじゃないですか? 拾った人が礼金をもらうのは当然の権利でしょう?」
被害者女性が落としたキーケースは有名なハイブランドのものだった。葛には金になるという下心があったのは間違いない。後ろめたいのか語気が弱まり口ごもる。
「ええ、正当な拾得者の権利です。しかしですね、お金のやり取りをしたということは、あなたは被害者女性がと連絡を取っているはずなんですよ。先ほどあなたは被害者とは面識がないとおっしゃいましたね?」
「そ、それは……、だってしょうがないじゃないですか。わかんなかったんですよ。だって金のやり取りで一度会っただけの人ですよ。確かその時相手はマスクしてたし髪型も違った気がするし……。写真一枚見せられて、同一人物だってすぐわかるわけないじゃないですか? 名前だってもう覚えてませんでしたよ」
「あなたは鍵を拾った際、そのデザインから持ち主を女性であると推測し、あらかじめ合鍵を作っておいた。そうしておいて拾得者の権利を利用し、被害者女性に接触した。
被害者を気に入ったあなたは、被害者の家を特定し、事前に作っておいた合鍵で部屋へ忍び込んだ。……と、こういった筋書きが成り立つように思えるのですが、いかがですか」
「そんな馬鹿な!」
葛が動揺して立ち上がる。違う違うとうめく葛に相方は無言で葛に座るようジェスチャーする。
葛がふらふらと座り込むとさらに畳み掛けていく。
「葛さん、あなたは先月20日、駅東2丁目の居酒屋にて騒ぎを起こしていますね。隣席の女性に酷い絡み方をして、巡回していた警察官から厳重注意を受けたという記録が残っています」
「そ、それはちょっと飲みすぎて……。ちゃんと反省してます」
「その際にあなたは異性関係について不満があることを声高に言っていたようですね」
「異性関係って……。そりゃ、いま俺は彼女がいないので、彼女欲しいとか付き合いたいとか、そういうことをちょっと言ったとは思いますが」
「自分を相手にしない女性は死ねばいいと言った旨の発言があったと聞きましたが」
「いや、そんなの酔った勢いじゃないですか!? 本気でどうこうしようと思ってませんよ!」
「どうでしょうか。居酒屋店員の話では酔いが回る前からそういう発言が目立ち、かなり真剣に聞こえたということでしたが。
誰でもいいので関係を持ちたい、という趣旨の発言もあったと聞いています」
相方がトントンと指で机を叩く。
葛は冷や汗をだらだらと流し、額に前髪が張り付いている。かなりの動揺だ。
しかしこの反応だけでは疑われたことへの動揺か、犯行がバレることへの動揺か区別がつかないな。
私は行き先と服装を記した紙を懐に仕舞うと口を開く。
「葛さん、料理はされますか」
「は? 料理?」
予想外の質問と見えて葛は呆けた反応だ。
私はじっと葛を見据えながら続けて尋ねる。
「いえね、実は凶器が見つかってないんですよ。傷跡からして刃渡り20センチ程度の刃物のはずなんですよ。ちょうど包丁くらいですね」
「ほ、包丁?」
葛はあからさまにギクリとして一瞬目が泳ぐ。
私はその反応に右眉をつり上げた。今までのようなただの動揺ではない。これは怪しい。
「おや、何か心あたりでも?」
「あるわけないですよそんなの! 料理はほとんどしないけど、包丁は一応台所に置いてますよ!」
「見せていただいても?」
「いいですよ。勝手に見てください」
投げやりな態度で葛は立ち上がると台所へ向かう。
私は相方へ目配せする。無言の頷きが返ってきた。勝負どころだ。
「包丁はここの棚に――」
葛が私に説明しかけたところで相方がリビングへさっと飛び出してクローゼットを開けた。
「ちょっと! 急に何するんです!?」
驚いて駆けていこうとする葛の肩を私はぐっと掴んで押さえる。
「葛さん、あなた包丁のことを聞かれた時、一瞬クローゼットに目線が行きましたね。包丁があるはずのキッチンではなく、クローゼットに。確認させていただきます」
「そんな勝手な! ただの任意聴取でしょ!? 家を漁る権利はないはずだ!」
葛がジタバタと体を捻る。私は両肩を押さえ込んだ。
「クローゼットを少し見るだけですよ」
「は、離せ!」
「この紙袋は……」
「! な、何でもない! 何でもないから触らないでくれ!!」
今までにない激しい抵抗だ。
相方は急ぎ紙袋をひっくり返す。土がぱらぱらと床にこぼれ、古新聞が落ちた。
そこから包丁が転がり出た。どす黒い汚れは明らかに尋常ではない。
私は目を見開く。
「これは……!」
「ち、違う! その包丁はたまたま拾ったんだ! 俺のじゃない!!」
「葛さん、署に同行してくださいますね?」
喚く葛に私は有無を言わせぬ声で言った。