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2話:穴と訪問者

――――ガッ ザクザク ザク ザ ガッ ガガ

 

「はあ、はあ、ふぅ……」


 息が切れる。土に突き刺すシャベルが重い。柄を握りこんだ手のひらが摩擦で痛んだ。

 焦燥と不安で吐きそうだ。


――――ザクザク ザク ガッ


『ここから3キロくらい離れたとこに雑木林あるの。そこの岩の陰』


3日前のエイコの言葉。


『私の死体』


 耳にこびりつく声。

 夢だったんだと何度も繰り返し否定するごとにエイコの残した言葉の不気味さは増した。

 そしてとうとう堪らなくなって、エイコの言ったと思われる場所までやって来てしまった。

 薄暗い林をうろうろと散々歩き回って見つけた青黒い岩。見た瞬間に『ああこれだ』と確信した。むしむしと暑いのにそれを見ていると悪寒が止まらない。


――――ザクザク ザク ガッ


 シャベルに足をかけ踏み込む。

 何も掘り当てるなよ。そう願いながら。


――――ザクザク ザク ガッ


 あの日、エイコはいつのまにか消えていた。

 目の前にいたのに、たった今まで話をしていたのにも関わらず、だ。気づいたら、気づかないうちに消えていた。俺だけがボーッとベッドに座っていたのだ。

 我に返って部屋中探し回ったけど何もなかった。


――――ザクザク ザク ガッ


 本当にふざけんなよ。気味悪ぃこと言い捨てて消えやがって……。穴をガリガリと削りながら、考える。


――――ザクザク ザク ガッ


 あれは幽霊か? 本当に死んだのか……。

 答えのでない問いをぐるぐると繰り返す。


――――ザクザク ザク ガッ


 自殺……じゃないよな。埋まってるなら。

 

――――ザクザク ザク ガッ


  殺された? だとしたらいったい誰に……。なぜ?

 

――――ザクザク ザク ガッ


 犯人がいるならこの場所は危険か? 見つかったら俺も殺される……。


――――ザクザク ザク ガッ


  やめるべきだ。逃げて忘れた方がいい。


――――ザクザク ザク ガッ


  でも、どうして俺のところに?

 

――――ザクザク ザク ガッ


『まだ好きですー』


エイコの甘い声。


――――ザクザク ザク ガッ

 

  好きな人に、俺に、見つけてほしかったのか。


――――ガキンッ!


 はっと我に返る。シャベルの切っ先が何かに突き当たった。


*******

 

「~~~~あ゛ぁ゛!」


  感情が言葉にできず、俺は首をふった。

 さっきから何度もサイドテーブルに目をやっては、目をそらす。首をふる。そしてまた見る。

 同じことを何度も繰り返している。

 どうすりゃいいかお手上げだ。


「……凶器だよな。どうみても……」


  広げた古新聞。土くれと石。

 そのど真ん中に、包丁。

 雑木林で掘り当ててしまったブツだ。

 刃は黒い。それはただの泥汚れとは明らかに違った。


「どうすりゃいいんだ……」


 俺は途方にくれていた。

 警察に届けるのか? でも何て説明する?

 適当に掘ったら出てきましたってか。怪しいにも程がある。そもそもなんで穴を掘っていたのか説明できやしない。まさか幽霊に教わりましたって言うわけにゃいけないし。

 死体や骨を掘り当てなかっただけマシか……?

  いやそういう問題じゃねぇな。


「くそっ」


 思わずテーブルを蹴っ飛ばす。

 ああでも。

 エイコは、きっと仇をとってほしいんだろうな。

 ふっとエイコの姿が浮かぶ。


『まだ好きですー』


 エイコの甘い声。何度も思い出す。

 笑うエイコ。あの日、ベッドに突然現れたエイコ。

 大学時代と変わらない。かわいいエイコ。かわいかった。会いたかった。不自然さより恐怖より、会えたうれしさが勝っていた。

 ああ、まだ好きだなと思った。

 幽霊でも何でも、エイコの最後の頼みを無視する気にはなれない。見ないふりして包丁を捨てる気にはなれなかった。

 悪霊になられても困るしな。

 エイコの悪霊か。思わず笑えた。

 他でもない最愛の彼女が頼ってくれたんだ。好きな女の最後の望みくらい叶えてやれなくてどうする。

 俺はようやく気を引き締めた。

 かなり苦しいが、林内で偶然見つけたという体で警察へ届け出よう。

 穴を掘ってたことは、昆虫採集か、山芋掘りか何かをでっち上げよう。


「よっ――」


――――ピンポーンッ


 よっしゃ!と言いかけたところに玄関のチャイム。

 なんだよ、せっかく気合い入れたのに。

 俺は気が削がれつつ、インターホンに出る。


「はい?」

 

「あっ! どうも。管理事務所ですが……」


「あっ、はい。ドウモ」

 

社宅の管理事務所か。何かの点検とかあったっけ?


「えっと、あのぅ。貴方をお尋ねにご来客がありまして」


「えっ、そうなんですね。どなたでしょう」

 

 全く心当たりがない。俺は首を傾げる。

 というか、直接つなげてくれりゃいいのに。


「いやそれがですね……。その、来客というか」


「? なんですか?」


 やけに歯切れが悪いな。

 一体なんだ?


「警察の方がお見えなんですが」


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