1話:目が覚めると
自分から振ったけど未練タラタラだった元カノが目が覚めると隣にいた。
あれか? 初めてだが、明晰夢めいせきむってやつか? 頬でもつねってみるべきか?
「夢か?」
「夢やなーいよ」
「うわっ! しゃべんのかよ!」
「ひどっ。普通に傷つくわぁ」
俺は驚いてベッドで飛び上がる。ほんのすぐ横に彼女は体操座りしていた。
ほわっとした声。地元独特のイントネーション。
くしゃっとやわらかい茶髪はボブのままだ。丸顔はあいかわらず年より幼く見える。着ている服は俺が見慣れたピンクに白の水玉のパジャマだ。
間違いない。元カノのエイコだ。
「えっ、マジでエイコ? えっ? なんで?」
本当に俺の部屋か疑わしくてあたりを見回す。
どう見てもいつもの部屋、せまっくるしい6畳の社宅だ。
そうだ、社宅だよ!
「えっ、どうやって入った? つか社宅だぞ!」
しかも外は薄暗い。
時計を見ると朝の4時前だ!
「はァ? マジでどうやって入ったお前!?」
「もお~、驚きすぎ。気にするのそこなん? 他に言うことないん?」
「いや、驚くだろ。つか、それ以外に何言うんだよ!」
「会えてうれしい~とかないん?」
「え」
「3年ぶりやん~? わたしめっちゃ会いたかってんけど」
「いや……」
「わたしはずっと好きやってんけどー」
へへっとエイコが笑う。あまらせた袖を口元にあてるクセ。
さっきまでの驚きとは別の意味でどきどきと胸が鳴る。
「いやそれは……。つかまだ俺のこと好きなんだ」
答えずに質問で返した。我ながらセコい立ち回りだ。
「そやけどー。ひっどいフラれかたしたけど、まだ好きですー。わたしってチョロいわぁ」
「……ごめん」
「えー、それだけ? 傷つくわぁ」
「いや、本当にごめん。俺サイテーだった」
本当に俺は最低だった。
3年前、俺は就活と卒論に追われて心底イライラしていた。エイコと会うと、エイコのふわふわしたしゃべり方がウザくてムカついて、しかも同じく就活と卒論をやってるのに余裕そうなエイコにイラついて些細なことで怒鳴りかかった。
今ならすっげぇ理不尽だったと思うが、エイコはなかなか怒らないし、最後にはエイコが俺に謝っておさまるから、俺はいつも気がすむまでエイコにキレていた。
なんというか、エイコと会ってるときにキレる特権は俺だけにあると思っていた。
エイコは優しいし、ちょっとニブいからこれくらい気にしないと軽く思っていた。
それで、エイコが自分の悩みも聞いてほしいと話した日、いつも通り俺はキレた。くだらない、俺の方が悩んでる。ろくに話も聞かずにそんなことを言った気がする。
いつもそんな感じで、エイコがなだめてくれるから、俺は気安くそういった。
けれど、エイコはいつも通りじゃなかった。
大号泣だ。
『いっつもわたしは黙って話聞いたげるやんか!』
人でなし! と悲鳴のようにエイコが叫んだ。
俺は予想外すぎてビビって、けれど今さら謝るような選択肢もなく、なかば売り言葉に買い言葉でじゃあ別れればいいだろ!と投げつけた。
それきりだった。
入学して出会ってすぐから丸4年近く付き合っていたのに、びっくりするほどあっさりエイコとは終わってしまった。
就活がなんとか決まり、卒論をやっつけでこなして、じわじわ押し寄せる後悔が満タンになる頃には、連絡アプリのエイコのアイコンは“メンバーがいません”に変わっていた。
大学で探しても、大学4年の後期じゃ講義もなく、最後の機会の卒業式では、常に俺が苦手なギャル系のグループの真ん中にいて目さえ合わなかった。
復縁どころか、あれからまともに話せもしなかったのがすごくショックで心残りで、つまり俺はエイコに未練タラタラだった。
そのエイコが何故だかわからんが俺の目の前にいる。
そしてずっと俺を好きだったと言う。
思わずゴクリとのどが鳴る。
「あのさ俺」
「まあ、全部今さらやけどねぇ。私もうおらんし」
「え」
意を決して話そうとした俺をエイコが遮る。
俺は戸惑う。意味が理解できない。
「おらんって……?」
「私おらんのんよー」
ふふ、とエイコは膝をよせて繰り返す。
「もうどこにもおらんの」
「いや……、目の前にいるだろ」
「そう見える?」
エイコは顔をふせる。前髪がたれて表情がよくわからない。
俺はますます混乱する。
「さっき自分で言っとたよ。『おまえどうやって入った』って」
「……」
「どうやったんと思う?」
「それは……。警備をすり抜けて…………、部屋は合鍵とか」
「合鍵なんてどうやって作るん? 本当にそんなんできると思っとるん? 卒業以来一度も会ってもないのに?」
冷静な声でエイコが畳み掛ける。
俺は急に氷を飲んだように胸が冷たくなる。
「じゃ、どうやったんだよ? どうにかして鍵あけて入ったんだろ? じゃなきゃ今ここにいられないだろ?」
「人間やったらそうやよね」
ふっとエイコが息を吐く。冷や汗が背をつたった。
エイコの表情は見えない。
「に、んげんだろ……? 変な、こと言うな、よ」
「ふふ」
エイコは意味深に笑う。
カチカチとやけに秒針の音がうるさく響く。
俺は焦燥感にかられる。
「おい、エイコ。冗談やめろよ。そりゃ俺だっていきなり部屋に入られてびびったけど、でも、会えてうれしいんだって。マジだよ。謝りたいと思ってたし。だから訳わかんねぇこと言うなよ。前みたいにキレたりしないしさ。テンパってんのはわかるけどさ。そうだろ?」
ごまかすようにまくし立てる。
エイコは答えない。
「おい、エイコ。なんとか言えよ。タネあかししろって。おい……」
「ここから3キロくらいよ」
「え」
唐突にエイコが言う。その声色は機械のように冷たい。
「ここから3キロくらい離れたとこに雑木林あるの。そこの岩の陰」
「なに」
不意にエイコががばっと顔をあげる。恐ろしく無表情で、目だけが爛々と不気味に光っている。
「私の死体」