山爺の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
土佐の山間にとある猟師の姿があった。十五の頃から今の親方の弟子になり、五年の下働きの末、ようやく二人きりで狩りに出ることを許されていた。
一人で山に入るという意味では経験が浅いのだが、山に入ること自体は慣れ親しんでいる。鉄砲撃ちの楽しさも、そして山も怖さも知っている。
山には怖いものが数多くある。
悪天候、遭難、獣・・・。
それらも恐ろしいが、山にはそれぞれの主やモノノケに出くわすという危うさがある。特にこの山には『山爺』という妖怪が出るのだ。それが単なる御伽話や老練の狩人が若人を脅かすだけの迷信であれば良かったのだが、決して迷信でも嘘っぱちでない事を知っている。
修行時代から親方たちに付いて山を回っている間に、何度も山爺に出くわしているのだ。
山爺は一つ目に一本足という姿をしている。足が一本だけとは思えぬ速さで走り回り、捕まえることは容易ではない。その上に恐ろしく頑丈な歯を持っている。山の獣たちを骨ごと食いちぎっても欠けることがないと聞く。昔はそんな山爺を餌付けして、狼よけに使っていた猟師がいたと聞いたこともあるが、到底信じられない。
だが怖いのは、それだけではなかった。
山爺は、時たま人間相手に一風変わった勝負を挑んでくるのである。
山に入って来た猟師を見つけると、どちらが大きな声を出せるかと持ち掛けてくる。断ってもひどい目を見るので、大方の猟師がこれに応じる。しかし、山爺という妖怪は、とてつもなく声が大きい。それは山の端から端まで声が届き、近くにある草木や岩石を吹き飛ばすという凄まじさを誇る。今まで多くの猟師が鼓膜を破られて死んだと言われている。
けれども、少しでも山爺に携わったことのある猟師なら、その勝負に難なく勝てる方法をしっている。
この猟師も、すかさず自前の鉄砲に手を掛けた。
勝負の勝ち方というのは実に簡単で、まずは自分から声を出すと言って山爺を後ろに向かせる。そうしておいて、耳元で鉄砲を一発撃てばよいのだ。発砲の音を声と勘違いした山爺は、恐れをなして逃げて行くというものだ。
◇
猟師は早速、勝負を受けて山爺に後ろを向いているように告げた。素直に山爺が背を向けると、気が付かれないように鉄砲を構えた。
引き金を引く。
ところが。
こんな時に限って鉄砲が詰まって弾が打てなかったのだ。
猟師は焦った。もしも鉄砲が使えなくなったら、どうすればいいのかなど考えたこともなかった。そうこうしているうちに、山爺は「まだか、まだか」と催促をしてくる。
猟師は腹を括って言った。
「これはもう、発砲塞がりじゃ」
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