ぬるぬる坊主の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
鳥取県は米子の近くに力自慢の男がいたそうな。この男、何よりも相撲が好きで、その辺り一帯では力比べでは負け知らずであった。この力自慢を阿有としよう。
ある日。阿有は用事を済ませて家路についていた。どうにも手間取りすっかり日が暮れてしまった夜道である。
不意に海に方を見ると得体のしれない何かが自分に近づいたかと思うと、のっそりと体を持たれかけてくるという事態に遭遇した。
大抵の者なら悲鳴と共に逃げ出すだろうが、そこは肝が据わり力自慢の阿有である。反対に押し倒してやろうと、手を掛けた。しかしながら、その謎の何かは全身が油を塗ったかのように妙にぬめっており、とっかかりのない体は上手く掴むことすらできない。
「おのれ」
機転を利かせた阿有は着物を脱ぎ、それを何かに多い被せた。案の定、着物が滑り止めになって何かを見事投げ倒したのだった。そうして今度は着物の帯で縛ると、明るくなってから正体を確かめようと自分の家に引きずって帰っていった。
翌朝。
近所の皆を集めて、その何かを見せた。けれども誰一人といてそれの正体を知っている者はいなかった。ただ一人、村で一番年寄りの爺さんが言うには、これは『ぬるぬる坊主』という妖怪で、きっと体が痒かったから阿有にもたれてきたのだ、という事だった。
◇
ともあれ阿有は、いつまでもぬるぬる坊主を家に置いておく訳にも行かず、数日たってから、また海に戻してやった。
それでも噂が絶えることはなく、見れぬまでも話しを聞こうと多くの人々が阿有の家を訪ねて来るのだった。
しかし阿有も正体を暴いたわけではない。来る人来る人に決まって同じように答えていた。
「正体はわからん。とにかく「つかみどころのない」奴だった」
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