海座頭の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
陸奥の国のある殿様を乗せた侍の船団が、江戸から自国へ戻るために太平洋を航海していた。
始めのうちは順風満帆の航海であったが、間もなく目的の港に到着するといったところで、濃霧に遭い方角を失ってしまった。日が暮れる時刻であったために侍たちに焦りの色が見え始める。とにかく座礁や船同士の衝突を恐れ、船は止む無く進行を止めた。
位置が特定できないまま夜の航海は危険を伴う為、霧が晴れるのを待つという意味でも船の停泊を決定した。
その晩の事である。
霧はすっかりと晴れ、星空がよく見えた。見張りをしていた侍二人組も、誰も見ていないのをいいことに大欠伸をしている。眠気を覚ますために二人で語らっていると、その内の一人が星明りの降り注ぐ水平線が妙な途切れ方をしている事に気が付いた。
二人でよく目を凝らして見る。それの正体が知れた途端、悲鳴とも凄みともとれる声をあげた。
海面には身の丈で十間はあろうかという大男が立っていたのである。光は薄いのに不思議のその怪物の姿形がよく見える。目を閉じて琵琶を背負い、右手には杖を持った座頭の装いである。
二人の声を聞いた他の侍たちも続々と船上へ募り、同じく声を上げて驚いた。その内にとうとう寝入っていた殿様までもが現れる騒ぎになってしまった。
侍たちは殿様を守らんと周りを囲み、刀を抜く者もある。その中でこういった魑魅魍魎に詳しかった男がこれは『海座頭』という妖であると述べた。海座頭の言葉に対して、嘘を言ったり応じたりしないと船に災いを呼ぶのだという。
「海座頭とやら。何故に我らが船の後についておる」
殿様は、このままでは埒が開かぬと敢えてこちら海座頭に語り掛けた。すると海座頭は巨体に似合わず、へりくだって答えたのだ。
「仰る通り、手前は海座頭と申す妖にございます。この辺りの魚共から迷い船があると聞き及びまして急ぎ参じましたものの、まさかお殿様がお乗りとは」
「なるほどのう。して、其方は迷い船に何用じゃ。妖らしく、この船を沈め我らが屍を貪るか」
「滅相もございません。妖と言えども手前は座頭。目先行く先の見えぬ苦労は骨身にしみております故、陸のある場所をご進言致したく」
その言葉に安堵の表情を浮かべる者もいた。けれども、相手は妖であるので今一つそれを鵜呑みに出来ぬ者が大半であった。それは殿様とて同じである。
その心根を見透かされたのか、海座頭は提案をしてきた。
「御家来衆は用心深いことで真に結構でございますな。しかし、妖である手前の言葉を信じられぬのも無理からぬことと存じます。そこで申し上げます、如何でしょうか。陸をお教えする代わりに何かを賜れれば、人心地を得られるのではないかと思われますが」
「褒美とは・・・何か望みがあるのか」
「それは人間の望みと同じと言うもの。金銀の類をご用立て下されれば恐悦に存じます」
化け物も金を欲しがるのかと訝しんだ一行だが、背に腹は代えられぬということで言われるがままの品々を用意した。用意のいいことに、海座頭は見たこともない程の風呂敷にそれらを仕舞い込むと、あっという間に海中に消え失せたのである。
◇
何事かとどよめく侍たちであったが、それから間もなく夜が明けたのだ。見れば海座頭が立っていた方角の後方に陸地が見て取れた。海座頭はわざと船と陸との間に立ち、己に気を取らせると言葉巧みに宝物の類を用意させたのだった。
事態を飲み込んだ殿様はこれ以上ないほどに悔しがった。その怒りはしばらく収まらなかったという。
この話はすぐに国の民たちの間にも広まった。普段から踏ん反り返っている殿様や侍たちがコケにされたとあって、しばらくは語り草となったのだ。
◇
町の居酒屋では、今日もその海座頭の話で酒を飲む者たちがいる。
「いやぁ、何度聞いても胸のすく話だねぇ」
「全くだ。海座頭ってお化けは、よく侍たちを騙してくれたもんだ」
「何しろ相手は座頭だ、カタルのがうまい訳だ」
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