海和尚の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
とある漁師がいつも通りに漁場で網を打っていると、かつてないほどの手応えを感じた。どんな大物がかかったのかと勇んで網を上げてみると、亀の甲が見えた。
「なんだ、海亀だったか」
残念そうに呟いたが、網から外してやらねば漁ができないので大人しく船に引き上げてやった。
ところが。
網にかかっていたのは、亀と似てはいるが亀ではなかった。甲羅やヒレは亀のそれと同じであるが、頭はまるで人間のように目鼻立ちがはっきりしていた。
気味が悪かったが珍しい亀だったので、陸へ持って帰り仲間に見せてやろうと考えた。
◇
村へ帰ると途端に人だかりとなった。皆で初めて見る奇怪な亀に興味津々としている。
その内に村で一番の年寄りがやってくると、驚きながら言った。
「これは『海和尚』だ。これが海に出るとよくない事が起こると昔から言われているのだ。打ち殺してしまうのがよかろう」
すると海和尚は首を振り、前ヒレを拝むかのように合わせて命乞いのような形になった。その様子に流石に不憫な気持ちになった村人たちは相談し合い、見逃してやることにした。
「わかった。なら命は助けよう。その代わりこの近くの海に出るわしらの漁の邪魔をせぬと約束するか」
その言葉に海和尚は黙したまま天を仰いだ。声が出せぬので、これを承諾の証として受け取った。
◇
海に帰すことは決まったのだが、中には仕返しや祟りを恐れる者もいた。そこで細やかながら馳走や酒を振る舞うことにした。
海和尚は帰り際に一礼すると、そのまま海に帰っていった。
帰った後に振る舞った馳走の器を見ると、大抵の食べ物はなくなっていたのだが、どういう訳か甘いお菓子の類は手付かずで残されており、皆で首を傾げていた。その内に誰かが言った。
「あれも海に住まうものだ。やはり河岸は嫌いなのだろう」
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