臼負い婆の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
今の新潟は佐渡に伝わる物語である。
そこに「あかえの京」と呼ばれる海があり、柄奴太郎という若者が友と連れ立って釣りに興じていた。この場所はよく釣れると評判があり、事実何度訪れてもすぐに魚籠がいっぱいになるのだった。
ところが今日に限って一匹も魚がかからず、その上に小雨まで降り出してきた。そして、その雲模様のためか日暮れもまだ遠いというのに薄暗くなってきた。
そのせいもあって、柄奴太郎は何やら嫌な心持ちになってしまった。どうせ釣れていないのに、このまま残っていても仕方ないと友人に帰ろうかと言おうとした。
その矢先。
少し先の海を泳ぐ影があった。それはどんどんとこちらへ近づいてくるようで、やがて正体が知れた。それは白髪の老婆であった。老婆の姿をしてはいるが、髪は乱れ、口元からは牙を覗かせており到底人間とは思えなかった。その背中には何故か石臼を背負っており、その重みを物ともせずに泳ぐ様が尚更人間離れした不気味さを物語っている。
それはやがて目と鼻の先の岩礁へ上がった。柄奴太郎たちにも気が付いたようだったが、何度か辺りを見回しただけで特に何もせず、また海の底へと消えていった。
柄奴太郎が逃げ出さなかったのは、偏に隣にいる友人が終始落ち着き払っていたからに他ならない。不気味な婆がいなくなってようやく柄奴太郎は、友人に声を掛けることができた。
「ああ。あれは『臼負い婆』と言って三、四年に一度だけああして現れるんだ。海から出てくるだけ何もしないし、誰かが襲われたという話も聞いたことがない。だから心配しなくていい」
◇
その言葉に柄奴太郎は安心した。
「そうなのか。通りでお前が落ち着いている訳だ。ところで、その臼負い婆はなんで石臼なんか背負っているんだ?」
「さあな。理由は知らないが、身を粉にしてまでやることがあるんだろう」
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