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怪談 しゃれこうべ  作者: 小山志乃
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幽霊狸の噺

今回は少々長いです。


 東京を江戸と申した時分のお話。


 阿波の国のとある村のはずれにある墓場に、一匹の古狸が住み着いた。子分を数匹引き連れており、墓のお供え物を荒らしたり、墓参りに来た人間を化かしたりと好き放題を繰り返していた。


 村人たちは一様に困り果てていたのだが、とりわけその中でも困っていたのが、毛得之(けえの)(すけ)の一家であった。毛得之介の家は百姓で、母と三人の弟、二人の妹の七人家族だった。そこそこの畑を耕して暮らしていたのだが、村で一番墓場に近い土地であったのだ。そのために度々、狸たちに作物を食い荒らされていた。


 ある晩のこと。毛得之介一家は夕餉を済ませると囲炉裏をぐるりと囲み、家族全員で狸退治についてあれこれと話し合っていた。


「こうなってはい、いよいよこちらから打って出るしかないじゃろう」


 そう皆に喝を入れたのは、老齢の母であった。父を早くに亡くした毛得之介兄弟らを見事に育ててきた、肝の据わった老母である。


 ところが、この母の声に対しても兄弟たちは皆でだんまりを決め込んでいた。如何せん、それも無理からぬことである。相手は今まで退治に出向いていった何人もの村人を見事に化かして追い返し、村中で金を出して雇った侍でさえも返り討ちに遭わせたほどの古狸だからだ。


 その上、狸たちが根城にしている墓場も、昼日中であっても薄気味の悪い場所であり、それがまた決意を踏みとどまらせてしまう。


 我が子たちのそんな様子に、母親はなんだか悲しくなった。


「情けない。おっとうが丹精込めて拵えた畑を好きにされて、その上そのおっとうが埋まってる墓場を荒らされて、腹が立たねえのか」


 その言葉に、いよいよ腹を決めた毛得之介が徐に手を挙げて言った。


「おっかあの言う事も尤もだ。ここは一つ、一番兄貴の俺が行ってみよう」


 毛得之介は薪割り用の鉈を一本掴むと、帯の間に差し込んだ。兄弟姉妹の励ましの言葉を背中で受けつつ、草鞋の紐を固く結んだ。


「毛得之介、あそこの狸の化かし方は尋常じゃねえほど上手えと聞くから、気を付けるんじゃぞ」


 覚悟が決まったせいか、毛得之介には妙な余裕があった。心配そうに見つめる家族に歯を見せるばかりの笑顔を返した。


 雲一つない空に月は出ていたが、念のため提灯は持って行った。元々、子どもの頃から慣れ親しんだ道であるので、大した苦労もなく例の墓場にまで辿り着くことができた。


 毛得之介は道すがら、一つ策を練っていた。真夜中の墓場でこちらは一人きり、多勢に無勢で不利が過ぎる。そこで墓場の真ん中に生えている、一本の大木に登り、せめて高所の利を得ようと考えていた。


 毛得之介は早速木に登り始めた。葉もまばらに茂っている程度だったので、上からでも下や遠くの様子がよく見える。そこでしばらく、息をひそめていた。


 しかし狸は一匹たりとも姿を現さない。夜という事もあって狸よりも睡魔との戦いが先に始まってしまった。


 その時である。


 さっき自分が通って来た道に、ぽうっと一つの明かりが動いている事に気が付いた。


「とうとう現れたか」


 ぼそりと呟いた毛得之介は固唾を飲んだ。


 けれども、灯りの主はどうも狸ではないらしかった。目を凝らして見てみると、それは提灯の光であり、それを持っていたのは隣にすむ百姓仲間の男だった。


 男は毛得之介の名を呼びながら、墓場中を探している。見兼ねた毛得之介はたまらず声を掛けた。


「俺はここだ。どうしたんだ?」

「毛得之介? そんなところでなにをしているんじゃ?」

「なに、狸に化かされぬよう用心して木に登ったんじゃ。それで一体どうしたんだ?」

「ああ、そうだった」


 見れば男は余程急いで走って来たのであろう、額に滝の様な汗をかいている。そしてどうしてか顔色もすこぶる悪い。


「落ち着いて聞くんだぞ。お前のおっかあがな・・・・・・今しがた倒れたんだ」


 聞けば毛得之介が家を出てすぐに、具合が悪くなり倒れたのだという。兄弟たちが医者や村長を呼んで色々な事を差配して手が離せないから、隣に住んでいる自分が迎えに来たのだと、そんな事を言って聞かせた。


 毛得之介はこれ一大事と慌てて木から降りようとした。が、何かが妙に胸に引っかかった。


 あれだけ丈夫な母親が、そんな簡単にくたばるだろうか。


 ・・・。


 そうか!


 これは狸の策略だ。そう言って自分を木から下ろそうという魂胆に違いない。毛得之介はそう直感すると、降りかけた足を再び枝に戻した。


「どうした? 早く家に戻るんだ」

「すまねえ。俺は狸を退治すると約束をしているんでな。死んだんならともかく、倒れたくらいじゃおめおめと家には戻れねえ」


 そう告げると男は驚いてしまった。しばらく説得をしていたが、一向に耳を貸さない毛得之介に痺れを切らせて来た道を戻って行ってしまった。


「狸め。中々味のある化かし方を思いつきやがる。だが所詮は畜生だ、俺の方が一枚上手だったな」


 毛得之介はほくそ笑んだ。


 それからまたしばらく。また村へ続く道に明かりが灯っていることに気が付いた。それも今度は二つの光が向かってきている。


 片方は先ほどの隣人だったが、もう一つの明かりの主は弟であった。やはり家から走って来たのであろう、大量の汗をかき息も切れ切れに毛得之介のいる木の上に向かって話し出してきた。


「兄ちゃん、聞いてくれ。おっかあが・・・おっかあが死んじまった」


 弟が言うには、隣人が毛得之介が帰ってこないと伝えに戻って来たのと同時に事切れてしまったそうだ。今は早桶や坊主を手配して通夜の準備をしている。だから早々に戻ってきてくれと懇願された。


 いよいよ目を丸くした毛得之介は、心の中で詫びを入れながら急いで木を降りようとした。


 しかし。やはり何かの予感に引き留められた。


 あれほど丈夫な母親が、何の兆しもなく倒れて死ぬことがあるだろうか。


 ・・・。


 しまった!


 ここまでが狸の計算なのだ。


 そう確信した毛得之介は降りかけた体を再び樹上に戻してしまった。


「弟よ、俺は帰らねえぞ」

「な、なに言ってんだよ兄ちゃん。おっかあの通夜はどうすんだ」

「そのくたばったおっかあの為にも、俺はここの墓場の狸を懲らしめにゃならん。丁度いいじゃねえか、今から通夜を済ませて棺桶を持ってくるまで、俺がしっかりと墓場を見張っておいてやらあ」

「なんだと!? このくそ兄貴め。親不孝者め」


 そんな捨て台詞を吐くと、弟は飛ぶように走って行ってしまった。隣人ももの言いたげに睨みをきかせてきたが、毛得之介は平気な顔をして見送った。


「なるほど、今まで何人も返り討ちにあう訳だ。この化かしは尋常じゃねえ。しかし、今回ばかりは相手が悪かったな」


 毛得之介はそれはそれは愉快そうに笑った。


 またしばらく経つ。例によって村に続く道に明かりが灯っている。けれども今回の灯りの量は今までよりも桁違いに多い。目を凝らしてみると、それは葬式の行列であった。隣人はもとより親戚や村中の見知った顔がある。


「・・・こいつは驚いた。狸の奴等、こんな盛大に化けられるのか」


 最早関心が先んずるほどの見事な葬送である。皆は念仏を唱えながら、懇ろに母を弔っている。


「皆の衆、ご苦労なこった。とは言っても全員狸であろうがな」


 そんな憎まれ口を飛ばしてみたが、村人たちは一向に無視を決め込んでいる。誰一人として毛得之介を見ようともしなかった。


「っけ。どいつもこいつもシカトしやがって・・・狸ども! 俺は今までの奴等とは訳が違うぞ。そんな仰々しい化かし方じゃ騙される奴が阿呆じゃ」


 ◇


 やがて葬儀が終わると、ぞろぞろと皆引き返して行った。


 シンっとした、静寂と毛得之介だけが取り残されている。


 この静けさに毛得之介は、急に気圧された。ひょっとして今までの出来事は、全部本当の事だったのではないだろうか。本当におっかあが死んでしまって、隣の男も弟も本気で自分を説得しに来ていたのではないだろうか。そんな思いが頭の中を駆け巡った。


 恐る恐る、木の真下に埋められた母親の早桶を見た。


 本当に母親の亡骸が入っているのか、いっそのこと降りて確かめてみよう。


 そう思った時。


 その棺桶がガタリっと動いたのだった。すぅーっと上から青白い陰火が抜け出るように現れた。それはやがて人の形を取り始め、最後には死装束を来た母親のそれになった。


「おのれぇ・・・この親不孝者めぇぇ・・・降りてこぉぉいぃ」


 青白く光る母親の幽霊は、恨み節を毛得之介に投げかけた。


 毛得之介は思わず気にしがみ付いて震える・・・フリをした。そして下には気が付かれないように、帯にさしていた鉈に手を掛ける。


 幽霊は更に驚かそうと木にしがみ付く。毛得之介はこここそが勝機と見た。


「狸め! いくらなんでも幽霊になるまではやり過ぎだっ。これでも喰らえっ!」


 毛得之介は手に持った鉈を、幽霊の頭目掛けて思いっきり投げつけた。確かな手ごたえを感じさせる音に歓声をあげる。


「大当たりぃぃ! さあ、姿を現しやがれ」


 見れば鉈が頭に刺さり倒れている母親の幽霊の姿があった。狸は退治してもすぐに正体を現さないと聞いたことがるので、まだ油断せずじっと変化が解けるのを待った。


 ・・・。


 ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・。


「まだかな・・・」


 待てど暮らせど、一向に姿の変わらない幽霊に、毛得之介の顔色は一気に青ざめた。


 今までの出来事は全部本当のことだったのだ。おっかあ死んだのも、弟たちが自分を呼びに来たのも、葬式もなにもかもが本当の事だった。


 大慌てで木から飛び降りると、毛得之介は変わり果てた母親の幽霊を抱きかかえた。


「すまねえ、すまねえ、おっかあ・・・全部狸の仕業だと思ったんだ。許してくれ」


 毛得之介は他の事は何も気にせずに幽霊を抱きかかえて泣きじゃくった。


「世界広しと言えども、親を二度死なせた馬鹿息子なんて俺くらいのもんだ。許してくれ、おっかあぁぁ」


 ◇


 やがて夜が明けた。


 毛得之介の家では、とうとう一晩戻ってこなかった毛得之介を心配して一家総出で墓場に出向いてきていた。


 やがて弟が大木の下で泣きじゃくる実兄を見つけ、皆に知らせた。


「おーい、兄ちゃんがいたぞ」

「毛得之介は無事かい?」

「・・・よくわからないけど、でっかい狸を抱えて泣いているよ」

「なんだって?」

 

 弟の言う通り、毛得之介は大狸を未だに母を勘違いして泣き続けていた。


 一人に集中して化けていたので、これだけ時間が経っても中々術が解けていないのだ。


 そんなことなど知らぬ母親は、自分の息子の大手柄に喜んだ。急いで毛得之介に駆けよると、肩に手を置き労った。


「よくやった。こいつこそがここらの狸どもの親分だよ」


 その声に毛得之介は、振り向いて母を見た。未だに化かされている毛得之介は訳も分からず、ギャッと悲鳴をあげた。


「今度は幽霊が化けて出た」

読んでいただきありがとうございます。


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