笑い女の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
土佐に樋口関太夫という者があった。関太夫は数名の家来を共にして、趣味の鷹狩をしに山にきたのである。が、その土地の山には毎月一日、九日、十七日に足を踏み入れてはならないという掟があった。
けれでも関太夫は信仰の薄い人間であったので、他の山人達が止めるのも聞かず山に入って行った。
しばらくして、家来の中の一人が山林の影に年若い女がいることに気が付き、主の関太夫に知らせた、見れば、確かに十七、八くらいの女が山には似つかわしくない艶やかな赤の振り袖に身を包んでこちらを伺っていた。
その娘は遠目にもかなり美しかったので、関太夫は興味を持ち、娘に近づこうとした。だが、その前に反対に娘の方から近づいてきたのである。
だが、どうにも娘の様子がおかしい。
関太夫と目が合った娘は、こちらを指差して突然狂ったかのように笑い出した。その笑い声の恐ろしさと不気味さは筆舌に尽くし難いものがあった。次第に笑い声は大きくなくなり、女も腹を抱えて笑い出す。すると女だけでなく山の草木までもが笑っているかのような幻まで聞こえてきた。
皆が恐怖のあまりその場から一目散に逃げだしたが、家来たちは一人また一人と気を失って倒れていく。
辛うじて家にまで戻った関太夫だったが、顔面は蒼白となりいつまでも笑い声が耳の奥にこびりついていたという。
◇
それからというもの。
関太夫は眠りについても夢に出てくる『笑い女』に悩まされていた。笑い女は連日連夜夢枕に立ち、自分の事を見ては腹を抱えて笑い出した。
昼日中であっても、夜になるとまた腹を抱えて笑う笑い女が夢に現れるのかと思うと、関太夫は腹でなく、頭を抱えた。
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