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泣き婆の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
遠州の見附宿の辺りでは、夜になると時々家の前ですんすんとすすり泣く老婆が現れることがあった。
家人が泣き声に気が付き表を見ても、誰もその老婆の事を知らない。
そしてそれが幾日か続くと、その家では本当に不幸が起きるという。
この辺りの者たちは、この怪異の事を『泣き婆』と呼んで来訪を恐れていた。
◇
泣き婆は、そうして家人がなくなると弔問客を装ってはすすり泣き他の者たちの涙を誘う。そうすると喪主からは、幾ばくかの謝礼に金やら米やらを受け取れるのだ。
こんなことを続けているのには訳がある。
泣き婆にはぐうたらな息子が一人おり、未だに脛を齧られているのだ。
その事が知れ渡ると、どの家でも葬式のたびに泣き婆の息子の話をするようになる。そうしているうちに、いたたまれなくなったのであろうか、泣き婆が姿を見せることはなくなった。
脛かじりの倅は、泣き婆の泣き所であったとさ。
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