一つ目狸の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
和歌山のとある里に爺狸と孫狸がいた。狸という性分に違わず、普段から人を化かしてその慌てふためく様を二匹で楽しんでいた。
今日も今日とて、夜になってから巣を抜け出して、化かすのに具合のいい人間を探していた。ところが、今日に限って中々道を通る人間がいなかった。孫狸に至っては飽きが出始めのか、大きな欠伸をしていた。
そうしていると、とうとう念願叶って人間が一人で歩いてくるのが見えた。
「お爺。とうとう人間がきたぞ」
孫狸は張り切って、そう言った。
だが爺狸はやってくる人間を見ると、諦め顔で孫狸を諭した。
「いや、あれはやめておこう」
「なぜじゃ? 丁度一人きりで、しかも脇には美味そうな物を抱えているのに」
「ようく見てみい。あの人は目が利かんようじゃ」
言われてみれば確かに。夜だというのに提灯を持たず、代わりに杖を一本携えているばかりであった。
「構うものか。目で騙せないのなら耳で化かせばいい。いや、そもそも見えていないのなら、荷物だけ取ってしまえば」
「ならん。ここらの狸の決まりだ。盲人を化かしてはならん」
爺狸はそういうと、孫狸に昔話を始めた。
◇
その昔。その辺りには『一つ目狸』という名のある狸がいた。その名の通り、人間の身の丈の何倍もある大きな一つ目玉を見せつけて、里の者を盛大に驚かしていた。
多少、肝の据わっている者がいても、性質の悪いことに一つ目狸は怒ったり興奮したりすると目玉がどんどんと大きくなるという術を持っていて、どんな人間も最後には一目散に逃げだす始末だった。
ある時。
いつものように通りかかる人間を驚かすために人通りの多い道の草むらに潜んでいた。
まず初めにやってきたのは、一つ目狸もよく知る里の男だった。子供の頃から驚かしてきたが、一向に慣れることなく狸にとっては体の良い鴨である。いつものように一つ目姿で以って現れると、持っていた荷を全部投げ捨てて逃げて行った。思わぬ収穫に一つ目狸は喜んだ。
次にやって来たのは、この辺りでは見ない浪人風の男だった。無精ひげを伸ばし、腕は丸太のように太い。これは化かし甲斐のある人間だと、一つ目狸は気合を入れた。
さっきの男を驚かしたのと同じように前に飛び出して見せた。浪人は一瞬たじろぎを見せたが、すぐに気を取り直したようだ。その飄々とした態度に腹が立った一つ目狸の目玉は、更に大きくなった。これには浪人も堪らず悲鳴をあげて逃げ出してしまった。
ひと際愉快な笑いを出していると、またしても通りかかる人がいた。調子のよい一つ目狸はまたしても目の前に飛び出して驚かした。
「どうだ、驚いたか」
「いや。ちっとも」
と、通りかかった人はまるで堪えていなかった。
それもそのはずで、その人は盲人であり、恐ろしい狸の姿をそもそも見ることができなかったのだ。
落ち着いて見れば目が見えぬことくらいは気が付くはずが、そのちっとも驚かない態度に腹を立てた一つ目狸は、まったく気付くことなく倍々に大きくなって驚かそうとした。
段々に大きくなり、一軒家ほどもあろうかという大きさになっても、盲人は一向に声さえ上げない。
すでに限りを尽くしていたのにも関わらず、更に大きくなろうとした一つ目狸だったが、あっけなく体勢を崩し倒れてしまった。その衝撃で自慢の目玉は飛び出してしまい、その上頭の打ち所が悪かったために、そのまま死んでしまったという。
◇
「ということがあったんじゃ。じゃからこの辺りの狸の間では、盲いた人間を化かすと悪いことが起こると言って、誰も化かさんのじゃ」
「そっかあ。それにしても可哀相じゃな、何も死んじまうことはないのに」
「それも仕方あるまい。『盲』という字をよく見てみい。目が取れたら亡くなってしまうんじゃ」
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