いそがしの噺
病室投稿
東京を江戸と申した時分のお話。
小人閑居して不全を成す、とは言うが江戸の町では金がないと暇を潰すのも一苦労であった。芝居や見世物小屋などはいうに及ばす、散歩などと言っても体を動かせば腹も減るし、喉も乾く。するとなけなしの銭を使って茶でも一杯、という具合に気がつけば散財してしまうものである。
ある長屋に住む男も、暇することにうんざりしながら日々を過ごしていた。
ところがある日の事。
何でもいいから動いていないと気が済まず、ぐうたらな性分からは考えられないほど熱心に仕事をするようになってしまった。家の者や家賃が溜まっていた大家は始めのうちは喜んだものの、夜になっても眠りもせず家の片付けや長屋の掃除など、あくせく働いているので男は目に見えて痩せ衰えていった。
流石におかしいと思った家の者は、すぐに医者に男を診てもらった。
すると医者は、
「これは『いそがし』にとり憑かれたな」
と言った。
いそがしというのは憑き物の一種であり、これにとり憑かれてしまうと文字通り暇でいることが何よりも不安になってしまい、狂ったかのように仕事に打ち込むようになるというのだ。
◇
このままでは過労で男が死んでしまうと心配した家の者は、すぐに祈祷師を呼んでお祓いをしてもらった。男が仕事をしていてくれたお陰で多少の蓄えができていたのは怪我の功名だった。
やがてお祓いが住むと、男は糸が切れたかのようにその場にへたり込んでしまう。
「ううう」
「お前さん、聞こえるかい?」
「お、俺はどうしちまってたんだ?」
「お前さんはね、いそがしって妖怪にとり憑かれていたんだよ。だから、ああして忙しなく働いていたのさ」
「妖怪がとり憑いていた? 道理でこんなに、疲れる」
読んでいただきありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどして頂けますと嬉しいです!




