蟹坊主の噺
蟹だけに
東京を江戸と申した時分のお話。
甲斐の国にあった、とある寺は住職が度々変わることで知られていた。新しい住職が訪れても二、三日のうちにいずれも打ち殺されてしまっていたからだ。
そのようなが幾度も続くと、噂も広まり寺には住職はおろか人さえも寄り付かなくなってしまった。
ところがある日、一人の旅の僧がどうしてもその寺に止まらなければならない事になったのである。
夕餉を済ませ、本堂で経を読んでいると不意に何者かの気配を感じた。
何者かは僧に向かって、いきなり問答を始めてきた。
「両足八足、横行自在にして眼、天を差す。是如何に」
旅の僧は懐にしまっていた独鈷を取り出すと、
「それは蟹じゃ」
と、叫び得体の知れぬ者目掛けて投げつけた。
その何者かは途端に見た事もない程の大蟹に変じると、血を流し、悲鳴を上げながら本堂を出て行った。
翌朝。
旅の僧が、近くの村の者に事情を話し、皆で血の跡を追った。
その先には池があり、僧の言う通り、一匹の大蟹の死体が浮かんでいるばかりであったという。
◇
村人たちは旅の僧から昨夜の事を事細かに聞き出して、大蟹を丁重に祀ってやることを決めた。
「それにしても、そんな問答によく答えられましたね」
「全くだ、答えられた蟹だってきっと泡食ったに違いない」
読んでいただきありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどして頂けると嬉しいです!




