算盤坊主の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
京の町の外れにて『算盤坊主』という妖怪が、ほんの少しだけ噂になったことがあった。
夜中に笑路の西光寺の近くを通ると、その傍に生えているカヤの木の辺りからパチパチと算盤を弾くような音が聞こえる。そのような時間に誰が算盤を弾いているのかと思って、茂みの中を覗いてみる。するとそこには大きな頭を坊主が、さも満足げに算盤に夢中になっているという。その顔たるや薄気味悪く、大抵の者はギャッと悲鳴を上げて逃げ出してしまう。
算盤坊主を見た何人かは狸の尻尾が出ていたとか、傍らに子狸がいたなどというので、きっと狸の悪戯であろうと言っていた。
◇
ある日の事。
物好きな侍が、真相を確かめようと算盤坊主が出ると言われている辺りにまで足を運んでみた。すると、確かにカヤの木の近くでそろばんをはじく音が聞こえる。
周囲を探ってみると、件の算盤坊主がやはり不気味な笑みを浮かべていた。
だが侍はそこで怯まず、大きな声を出してあべこべに算盤坊主を驚かしてみた。
ギャッという悲鳴と共に狸の姿に戻った算盤坊主は、いとも簡単に侍に捕まってしまったのである。
「どうぞお許しください、お侍様」
「狸よ。何故算盤なんぞを弾いておった?」
「はい。実を申しますと、ここにあるカヤの木の皮はこの辺りの妖怪たちに高値で売れるものですから、算盤片手にその見積もりを立てておりました」
「なんと。狸が取らぬ木の皮算用をしていたのか」
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