倩兮女の噺
・・・。
東京を江戸と申した時分のお話。
本所の外れに荒れ屋敷があった。
さる武家の屋敷であったのだが、十数年前にお取り潰しとなり、以降捨て置かれて荒れるがままの有様である。
前の道は雑木林や竹藪に囲まれ、お世辞にも賑やかとは言えない。それでも、すぐ近くに大きな寺があり、昼間はそこを参拝する人々で少々の人通りにはなるのだが近隣に住居が皆無であるせいで、日が落ちてしまえば途端に薄気味の悪い道となってしまう。
それでも提灯をぶら下げて通る者がいない訳ではなかった。
しかし。
ある時から、この道の傍らにある件の武家屋敷から奇妙な笑い声が聞こえるようになったという。それを聞いた者の話では、笑い声と言っても愉快さとはかけ離れたこちらを嘲笑うかのような、嫌悪感を帯びた笑いだそうな。
更に日を重ねると、その笑い声の主が姿を見せるという噂も流れた。
前の道を歩いていると、ケラケラと笑っている声が聞こえる。始めは屋敷の塀の向こう側に気配を感じるのだが、次第にそれが上へと上がっていく。気になって見上げてみると、塀よりも更に丈のある大女がケラケラと笑っているという。
行き遭った人々は、これを『倩兮女』と名付けた。
◇
そんな化け物が出るようになってからは、誰も好んでこの道を通ろうとはしなかった。
しかし、一人困っている男がいた。
この男、その武家屋敷を昔に買い取ったもので、近々屋敷を潰して土地を売りに出そうと目論んでいた。ところが倩兮女が現れてからというもの、土地の買い手は勿論のこと、屋敷を片付けるために雇った職人や人足たちも、気味悪がって次々と逃げ出していたのである。
そんなある日。困っている男の話を聞きつけ、格安で倩兮女を退治してみようと申し出てきた者があった。
それは鳥を売っている暮らし立てている鳥商人であった。
とにかく倩兮女をどうにかしたかった男は、言い値で退治を依頼した。
「では、支度を含めて二、三日頂きますよ」
そう言って鳥商人は去って行ったのである。
さて。
それから約束通り三日後。
鳥商人は、無事に倩兮女を退治したと報告しに男を再び訪ねてきた。半信半疑だった男は更に二、三日様子を見た。だが、鳥商人の言うと通り二度と倩兮女が現れることはなかった。
◇
「いや、素晴らしい。実に助かりました、お礼はすぐにでもお支払いします・・・ところでね、万が一もう一度あの化け物が姿を見せるようなことがあっては困る。良ければどうやって退治したのか、その方法を教えてはくれないだろうか」
「いえ、大したことはありません。ムクドリをね、あの辺りに放しておいたんですよ」
「ムクドリ? 何故、ムクドリ何ぞを使ったんだ?」
「ケラはムクドリの餌だと相場が決まっています」
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