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怪談 しゃれこうべ  作者: 小山志乃
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つらら女の噺

 東京を江戸と申した時分のお話。


 北国の雪深いところの話じゃ。


 ある村に相蔵(あいぞう)という男が住んでおった。


 相蔵の住む村には女が少なく、おまけに冬には雪の多く降る土地であるせいで、中々嫁に来たがる娘がおらんかった。


 ある冬の朝。相蔵は家の軒から見事なつららが出来ている事に気が付いた。生まれた時から、冬になれば飽きるほど数のつららを見てきた相蔵であったが、これほどまでに美しいと感じたつららは初めてじゃった。


「おらにも、このつららみたいに綺麗な嫁が来てくれたらなぁ」


 相蔵はそんな事を呟いた。


 ◇


 さて。それから仕事へと出かけて戻ってくると、何故かそのつららが無くなっていた。


「はて。折れてしまったんじゃろか」


 気にはなったが、所詮はつららの事。相蔵はさっさと家の中に入って、夕飯の支度をし始めた。少しばかりの野菜が入った、このところ毎日食べている汁を啜っていると、不意に戸を叩かれた。


 日はすっかり落ちているので、訝しがりながらも外に声を掛けた。


「誰じゃろかい?」

「姉の嫁ぎ先から帰るところなのですが、この雪で道を見失ってしまいました。日も暮れて困っております。どうか一晩の宿をお願いできませんか?」


 聞いたこともない程、澄み渡った女の声じゃった。相蔵はすぐさま、戸を開けた。そこには、これまた見たこともない程の美しい女が、旅装束のまま立っておった。


 開けた戸からは、冷たい風が否応なしに入り込んでくる。いつの間にか、外は風が強くなっておった。


 相蔵は気の毒に思い、二つ返事で女を泊めてやった。


 その翌朝。


 昨日までの天気が嘘のように、外は激しい吹雪となっておった。


「これじゃあ、外に出られん。もう少しの間ここにいるといい」


 やがて二日経ち、三日経ち、吹雪が収まったあとも妙に都合が合わず、女との暮らしが続いた。


 ◇


 とうとう一月が過ぎた日のこと。女は恭しく座り、相蔵へ話しかけてきた。


「明日明日と思ううちに、一月も御厄介になってしまいました。ここまで親切な方を私は他に知りません。無礼な申し出ではございますが、あなたさえ良ければ私をお嫁にもらってはくれませんか?」


 相蔵は、初めは何を言われているのか、まるで飲み込めなかった。しかし、徐々に娘の言っている事が本気だと分かると、それこそ飛び上がるかのように喜んだ。


 こうして、二人は夫婦になった。


 仲睦まじく年の暮れと正月を迎え、更に雪が解け始める頃になった。


 しかし、どういうわけか暖かくなればなるほど、反対に娘の元気がなくなっていった。


 その内に、娘は結婚をしたことを里の両親に伝えたいから、しばらく暇をくれないかと、相蔵へ頼んできた。


「もちろんじゃとも。どのくらいで戻れる?」

「それが・・・何分、遠い場所でございますので、冬頃に戻ってこられるかと」


 相蔵は驚いた。春に出て行って、冬に戻ってくるほどの遠い地など聞いたことがなかったからだ。


「それほど遠いところへ、お前一人で行かせられん。おらもついて行こう」

「どうか。それはおよしになってください。心配いりません、どうか私を信じて冬まで待っていてください」


 そう言って娘は、いつかと同じ旅装束になり、相蔵のもとを去っていった。


 ◇


 相蔵は冬になって、娘が戻って来た時に苦労はさせまいと、懸命に働いた。不思議な事に、為す仕事が次々にうまく運んだので、少しばかりの蓄えも持つことができた。


 さて、やがて夏が過ぎ、秋となった頃。


 その年は何時になく寒く、冬を迎える前に雪がちらつく様になっておった。


「雪が積もる前に戻ってこられればよいが」


 相蔵は、そろそろ帰ってくるであろう娘を心配しながら待っていた。


 けれども相蔵の心配空しく、秋半ばであるのにも関わらず雪が降り積もり、軒先には再びつららが張るようになっていた。


 ◇


 その晩のこと。その日は、娘とあった日と同じような風が強い夜だった。


「ただいま、帰りました」


 そう言って戸が突然開かれた。冬になれば戻ると言っていた娘が帰って来たのだ。


 しかし、娘は驚き固まってしまった。相蔵が見も知らぬ娘と一緒に囲炉裏を囲んで楽し気に語り合っていたからだ。


「お前、早かったな」


 そんな相蔵の声も娘の耳には届かなかった。


「あなた・・・冬になれば戻ると言ったのに・・・女を連れ込んで」

「い、いや、待ってくれ。そうじゃないんだ」

「何が違うって言うの? 私のいない隙に、こんな娘にうつつを抜かして」


 言い争いになった二人に割って、相蔵と喋っていた娘が口を挟んだ。


「何さ。春夏とこの村で仕事ができるときにいなくなっていた分際で。働きもしない嫁なんて聞いて呆れるわ」


 言い返せなくなった娘は、そのまま外へ逃げ出した。相蔵は、それを慌てて追いかけた。

 

 吹雪で一寸先も見えないまま、懸命に娘を探した。するといつの間にか、ぼうっと相蔵の後ろにたっていたのである。


「あなた」

「ああ、よかった。話は後だ、家に戻ろう。このままじゃ凍えてしまう」

「・・・春の間、いなくなったのには訳があります」

「里帰りをしていたんだ、仕方がないじゃろ」

「里へ帰っていたのではないんです」

「なんじゃって?」


 娘は覇気のない声で続ける。その声は不思議と吹雪の音に掻き消されないで聞こえた。


「実は・・・私は人間ではなく『つらら女』という妖怪なのです。雪が降るほどの寒さがなければ、この身を保てないのです」

「・・・そうじゃったか」

「忌み嫌われることを恐れて正体を明かさなかった私にも非はありますが、あなたはもっと酷い。戻るという私との約束を破り、あんな女と・・・かくなる上はあなたを殺し、私も死にます」


 袖から覗かせるつらら女は、一本の太いつららとなった。そして有無を言わさず、それで相蔵の心臓を貫こうと突き出してきた。


 運よく外れたが、相蔵は足を滑らせ、雪の上に倒れ込んでしまった。雪が深く、まともに身動きが取れなくなってしまった。


「ま、待ってくれ。そうじゃない、アイツはお前が思っている様な女じゃない」

「白々しい。私は・・・私は・・・」


 いよいよ、つらら女は相蔵の目の前に立ち、震わせながら再び心臓へと狙いを定めた。


「あいつは、俺の妹だっ!」


 ◇ ◇ ◇


 さて。


 落ち着いたつらら女は、相蔵と妹と一緒に再び家の中にいた。


 なんとも言えない妙な雰囲気が漂っている。


 つらら女は、改めて自らの事情を二人に言って聞かせた。


「・・・妹さんとは露知らず、とんだ早とちりをしてしまいました。本当にすみません。私はつらら女という妖怪です。去年、この家の軒先に下がっているところを相蔵さんに褒めてもらい、こうして化けて出たのです。けれども、私は周りに雪が積もるほどの寒さがなくてはならず、春先にいなくなったのも、体が解けてなくなってしまうからなのです。あのような醜態をさらした以上、もう離縁される覚悟はできました。短い間でしたが、あなたと過ごした日々は、」


「待っとくれ。別にそんなことは思っとらんよ」


「しかしこのままでも、来年の春にはまた私はいなくなってしまいます」


「事情を知らなかったら、もしかすると離縁をしていたかもしれない。しかし、今お互いの事情は話し合った。それでいいじゃないか、お前と別れるくらいなら春夏と一人で暮らした方がずっとマシだ。体の溶けない冬の間だけでもいい、ワシと一緒にいておくれ」


「本当に、私なんぞでいいのですか」


「勿論だとも」


「ありがとうございます」


「これで一件落着だ。お前の体じゃなくて誤解がとけてよかった」


読んでいただきありがとうございます。


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