濡れ女の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
今の新潟と福島の境にある、とある川に持ち主のいない洲があった。そこそこの広さがあり、なおかつ柳の木が群生していた。
ある時。手付かずのこの洲を見つけた柳梱の職人たちが、材料調達するために舟を漕いでやってきた。なるたけ多くの分け前を貰おうと、仲間内で口止めをしていたのだが、人の口に戸は立てられぬという言葉がある通り、他の店からも人が駆けつけてきていた。
しかしながら、先に洲を見つけた職人たちの方が僅かばかり速く洲に辿り着くことができた。
早速、斧や綱を持ち、仕事に取り掛かった。けれども、慣れたはずの仕事がどのうにも上手く捗らなかった。それでも体力はなくなっていったので、仕方なく小休止をいれることにした。
仲間の一人が、気を利かせて川へ水を汲みにいく。すると、同じ岸の少し上流に誰かがいることに気が付いた。
他の店の連中か? 目ざとい奴等だ・・・
などと思っていたが、よく見るとそうではなかった。
◇
女が川で髪を洗っていたのである。
流石に男も疑問に思った。この中洲に人が住んでいる訳もない、何故わざわざ中洲で髪を洗っているのだろうか。
何の気なしに男は女に近づいてみようと思った。
ところが。
すぐに異変に気が付いた。女の体は岸にはなく、水面から上半身だけが出ている。更に髪がなびいた時に見せた女の裸体は、まるで蛇の様な鱗でびっしりと覆われていた。
男は桶など投げ出し、急いで仲間の元に駆けていった。そして、事情を話すと全員でわき目もふらず洲から逃げ出したのである。
必死に船を漕いで対岸を目指していたその時、丁度別の船がその洲に向かってやってくるところに出くわした。別の店の柳梱職人たちの船である。
「どうした? 揃いも揃って青い顔しやがって。まさか化け物でも見たか?」
「そのまさかだ。それもただの化け物じゃねえ。『濡れ女』だ。すぐに引き返せ」
そう忠告したが、返ってきたのは嘲るような高笑いであった。
「そう言ってオイラ達を追い返そうとしてるんだろうが、そうは問屋が卸さねえよ。馬鹿だねえ、下手な芝居を打つ暇があれば、その分とっとと柳を切っちまえばよかったものを」
男たちは懸命に説得したが、一向に聞き入れられなかった。
対岸に着いた後も、男たちは仕方なく洲の様子を遠巻きに伺っていた。他店の職人たちは、道具を提げてぞろぞろと柳林の中へと消えていった。
その途端。
洲からは夥しい悲鳴が響いた。恐ろしくなった男たちは、急いでその場から逃げていった。
結局、洲へ行った他店の柳梱職人たちは船も死骸も見つからぬまま、二度と戻ることはなかったという。
◇
ほとぼりが冷めた頃。
仲間の一人が、濡れ女に気が付いた男に礼を言う為に訪ねてきていた。そして、一つ気になっている事を聞いた。
「ところでよ、濡れ女の顔ってのは見たのかい?」
「ああ見たよ。濡れ女っていうくらいだ。それこそ水も滴るようないい女だった」
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