隠れ里の噺
今昔百鬼拾遺が終わりました
東京を江戸と申した時分のお話。
遠野地方に一つの物語が残っている。
山間のとある村里に貧しい女が一人きりで住んでいた。女は山に入り山菜を採り暮らしを成り立てていた。
その日も家の近くの小川を伝い、蕗を取っていくうちにいつしか川の上流近くの山にまで入っている事に気が付いた。それほど奥に踏み込んでいる訳でもないのに、女はどうしてか帰り道が分からずフラフラと山中を彷徨い歩いていた。
やがて日も落ち途方に暮れていると、今まで見た事もないような豪華な屋敷に辿り着いていた。一夜の宿を頼む事さえ憚られるほどの立派な屋敷であったが、せめて麓の里への帰り道くらいは教えてもらおうと思い、家の中へと入って行った。
だが、呼び声には誰も応じずそれどころか中からは誰かの気配を感じることすらない。
人を求めて中に入っても見てもそれは変わらなかった。
すると途端に人の気配がなく、絢爛で広いばかりの屋敷がひどく不気味で恐ろしいものに思えてきた。その怖さに耐えられず女は屋敷を飛び出した。無我夢中で山道を走るうちに、ようやく里へと帰ることができたという。
次の日の朝。
女は昨日の屋敷を忘れられず、ふいに小川へと足を運んでみた。ぼんやりと記憶を思い起こしながら川上の方を眺めていると、何かが流れてきているのに気が付く。
それは朱色の鮮やかな椀であった。女はそれを拾うと、昨日の屋敷から流れてきたものだと直感でそう思ったのだ。
その椀は実に不可思議な椀であり、それで米をはかるといくらよそっても米が減ることがなかった。
そうしているうちに、女は里で一番の金持ちになったという。
◇
女は金持ちになったことよりも、あの日あの屋敷から無事に家に戻れたことの方がよっぽど嬉しかった。けれども、それと同時にあの屋敷から帰れたことは必然であったとも思っていた。
流れてきた赤い椀には、キキョウの絵が入っていたからである。
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