硯の魂の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
赤間ヶ関の石で造られた硯は質がよく、書に関わる者たちの間では憧れの逸品であった。
これは、その赤間ヶ関の硯に起こった怪異である。
◇
ある男が件の硯を使って書き物をしている最中、奇妙な睡魔に襲われてしまい、そのまま微睡に意識を奪われた。すると、夢現の中にあって硯に入れていた墨が海へと転じたかと思うと、米粒のような小さい武士たちが鬨の声を上げて合戦を始めたのである。
それは正しく、かの源平の闘いであった。
男は夢心地ながら、赤間ヶ関は平家が打ち滅ぼされた地であることを思い出し、これはきっと平家の武士たちの魂が未練から硯石に籠り見せている幻なのではないかと考えた。
その時。
ふとした拍子に男の腕が硯に当たり、中の墨汁が零れてしまった。慌てて硯を元に戻したが、既に源平の侍たちの姿はなく、何の変哲もないただの硯に戻っていたのである。
◇
男は墨が零れて汚れてしまった半紙を見た。そしてこう言った。
「うっかり白黒つけてしまったな」
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