小雨坊の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
日本には霊山と呼ばれる山が数々あり、どの山であったとしても修行に勤しむ僧侶がいたという。が、僧しか立ち入れない様な山は数えるほどで、旅人や行商人などが山越えで通ることも珍しくはなかった。
僧たちはそういった人たちに布施や寄進を施してもらい、修行をすることができていた。
ところで。
とある山には、どういう訳か小雨の降っている間しか姿を見せぬ坊主がいると噂になった。傘を出すかどうかすら躊躇うほどの日には必ず現れて、道行く人に粟をせがむという。その坊主は晴れの日は勿論のこと、大雨や風の伴っている様な雨の日には決して姿を見せないそうな。
そしてどの宗派の修行僧に尋ねてもそんな坊主はいないと答えるので、その坊主はいつしか『小雨坊』と呼ばれ、山の怪異の一つとなってしまった。
◇
ある日の事。
麓の村で小雨坊の噂を耳にした旅人が一人、峠を越すために山に入った。山の天気は移ろいやすく、にわかに霧のような小雨が降り出してきた。
小雨を見て旅人は村で聞いた噂を思い出す。すると、山道の先にある石塔の脇にいかにもみすぼらしい恰好をした坊主が佇んでいた。
その坊主は旅人が横切るところで声をかけてきた。
「旅の者よ、粟を持っていたら分けてはくれまいか」
そう言われた旅人は、この坊主が小雨坊だと確信した。
「坊様。アンタが小雨坊か?」
「何だ、俺のことを知っているのか?」
「麓の村じゃ噂になっているよ」
念のためにと麓の村で買い足しておいた粟を少し差し出すと、小雨坊は嬉しそうに受け取った。
「それにしても、何で坊様はこんな小雨の日にばかり出てきなさる?」
「粟をせがむには雨に濡れた日の方が都合が良いのだ」
「どうした訳で?」
「濡れ手で粟と言うだろう」
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