青行燈の噺
落ちていると言えば落ちてるし、落ちていないと言えば落ちていない。そんな落ち。
東京を江戸と申した時分のお話。
この頃は、夜に数人で集まり怪談話を語り合って涼をとるというのが夏の風物詩であった。
こうやって人が集まると、往々にして百物語が行われることが多かったという。百物語というのは、文字通り怖い話や不思議な話を百話語る手法を言う。一話話し終える度に一つずつ蝋燭の灯りを消していき、全ての蝋燭を消しきると本当に怪異が起こると言われている。
百物語は町民の娯楽としてだけでなく、武士の間でも行われていた。武士が行う場合は単なる度胸試しの他、自らの博識さや見分の広さを披露する場にもなったという。
ところで、町民武士に関わらず百物語には一つの律があった。
それは百話目を決して語ってはならないというモノである。作法としては九十九話目で怪談を止め、残り一本の蝋燭の灯りのもと朝を待つのが良いとされていた。
もしも百話目を語ったり、誤って最後の蝋燭の火を消すとその場に『青行燈』という妖怪が現れるのだという。
◇
江戸のある町内に男が住んでいた。大きいとは言わないが小さいとも言えぬ商家の旦那で、普通の町人よりかは裕福な暮らしをしている。
ところがこの男、商才はあるのだが如何せん女好きの浮気性だったので、妻とは喧嘩が絶えなかった。
ある日の事。
妻の実家の両親が急な病に倒れたと知らせが入った。妻はすぐに暇を貰い、実家へと帰っていった。すると男はこれはまたとない機会と、すぐに浮気をしている娘と何人かの友達を家に招き、百物語をしようと言い出した。暗闇でどさくさにまぎれようという助平根性丸出しの案だったのだが、誘った連中には思った以上に受けがよく、早速その日の夜にぞろぞろと人が集まってきた。
聞きかじった作法に則り、三間の座敷に蝋燭を並べる。鏡、水盆、刀、幽霊画、青紙を貼った行燈などを用意して、雰囲気を作っていると男はその内に本当に楽しくなってきていた。
集まった者たちに簡単な食事を振る舞うと、早速百物語を始めた。するといい塩梅で雨風が強くなり出したのだった。
一つ、また一つと話が終わっていく。
一人残らず、背中には何やら冷たいものを感じていた。
やがて九十九話目の話が終わる。
すると障子を閉めた向こう側、つまりは庭先からガサリと物音が聞こえた。一同はギャッと悲鳴を上げて誰彼構わずに着物や腕を掴んで腰を抜かしてしまった。
男の頭には女の前で恰好を付けたい、怖いもの見たさ、自分の屋敷でけが人など出したくない、などと色々な考えが巡っていた。
そして。
勇気を振り絞って、障子を開ける。
庭に立っていたモノをみて男はぎゃっと悲鳴を上げて後ずさった。
そこには、鬼の形相でこちらを睨む妻が立っていたそうな。
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