紅葉狩の噺
やっちまった。
遅れました。
その昔、とある夫婦がいた。結ばれたばかりの頃は働いて暮らしを立てる事で精いっぱいであったから、子供などは頭の隅にしかなかった。しかし年を追うごとにどうしても我が子というものを持ってみたいという願いが強くなっていった。
二人は朝晩と神仏に祈りを捧げ、暇を見つけては願掛けにも出向いた。だが、中々に子を宿すことはなかった。
ある日、妻は言った。
「こうなっては縋るものの浄不浄は言っていられませぬ。私はどうしても子が欲しい」
その時の妻の顔は鬼気迫るものがあった。夫は怖くなったが、それでも子が欲しいという妻の気持ちはよく分かっていたし、他ならぬ自分だってやはり我が子というものがあってほしかった。
そこで二人は嵐の夜に、第六天魔王に向かって祈祷をした。するとその願いが聞き届けられたのか、それともただの偶然かは分からぬが、すぐに妻の腹の中に子が宿ったのである。
そうして二人の間に娘が一人生まれた。その子は呉葉という名を授かり、すくすくと育っていく。しかし、呉葉は親の目から見ても奇々怪々な娘であった。貧しい町民の娘でありながら、何処で覚えてくるのか大人顔負けの知識を持ち、和歌を詠んだり琴を弾いたりと、神童と噂されることもあった。そして何よりも幼さの中にも人を惑わす様な妙な色気というか、魅力が備わっている事に父は気が付いていた。
「やはり魔王なんぞに願った子だから、人とは違う何かがあるのか」
父は次第にそんな事を考えるようになっていった。
やがて呉葉の噂の為に居を移さざるを得なくなった親子三人は、京の町へと引っ越していった。
◇
京の都へと移った呉葉は紅葉と名を改め、琴を教えることで暮らしを立てていた。
すると、ある日の事。
四条河原の川沿いに源経基の奥方が来ることがあった。夏の夕涼みのためである。奥方が家来共々に涼んでいると、それはそれは見事な琴の音が聞こえてくるではないか。
「これほどの琴の音は聞いた試しがない。すぐに琴の奏者を探して参りなさい」
紅葉の琴の音が経基の奥方の耳に止まったということは瞬く間に噂になった。そしてすぐに、経基公本人にまで届くようになり、呉葉は屋敷にて琴を弾くことを許されたのである。
経基は噂通りの琴の音はもちろん、紅葉の美しさに心を奪われてしまった。
それから紅葉は経基の寵愛を受けるようになった。今までが嘘のような贅沢な暮らしに心が溺れる中、紅葉は経基の子を産んだ。すると次第に本妻の存在がどうしても疎ましくなっていった。
紅葉は密かに第六天魔王に祈りを捧げ、奥方を呪い殺そうとした。が、あまりの妖気に感づいた屋敷勤めの僧侶によってその悪事を見破られ、紅葉は親子三人で戸隠へと流刑され、荒倉山の岩屋に住みつくようになる。
この事を怨み、また京での暮らしが忘れられぬ紅葉は山賊を己の魔力で操り近くの村々を襲って暴虐の限りを尽くす。これはすぐに京の帝の元へ荒倉山の鬼女という噂となって届いていた。
そこで帝は紅葉を成敗するようにと平維茂へ勅命を下した。
第六天魔王の力を借り鬼の力と怪しげな術を使うということを聞いていた維茂は、予め観音へ願を掛けて戦いに臨んだ。いざ変わり果てた紅葉と対面すると観音の加護があったのか、紅葉の体が何かに縛られたかのように動かなくなる。その隙をついて維茂は太刀を横薙ぎに振るった。
紅葉の首は七度、空で回りながら飛んでいった。残された体は鮮血をしぶかせながら糸が切れたように崩れ落ちる。
それを見届けた維茂は、
「信濃なる 北向き山の 風さそい 妖し紅葉は 疾くと散りにけり」
と一つ歌を詠んだ。
◇
維茂は、ふと山を見る。そこには山の木々に生える葉々が鬼の血で真っ赤に染まった景色が広がっていた。
「紅葉狩、か」
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