金霊の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
とある貧乏な士井屋という商家がにわかに羽振りがよくなるということがあった。怪しげな事や危ない橋を渡るような主人ではないと周知されていたため、周りでは「あの家には『金霊』が入ったに違いない」と噂されるようになったそうな。
金霊とは金運を司る精霊のような存在である。
それが家に居つくとたちまちのうちに財産を築くことができるが、反対に出て行くとあっという間に家が傾くと言われ、福の神のように扱われていた。その為に江戸の町人たちの間では、金霊が家に入ってくるように願掛けをする者は少なくなかったという。
さて。
士井屋には、人々が噂した通り金霊が入っていたのである。
それからというもの、士井屋の店の者は主であっても草履や下駄の類を履かず裸足で商売をするようになった。部屋に上がるときは雑巾で足を拭い、どうしても外に出る時は懐に忍ばせておいた履物を表に出てから履くという徹底ぶりであった。
◇
それは金霊を外に出したくない一心での事であった。
履物がなければ、おあしは外には出られない。
読んでいただきありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどして頂けると嬉しいです!




