野衾の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
江戸の町で夜に突然灯りが消えたり、猫や牛や馬が何者かに生き血を啜られたり、ひどい時には人間までもが襲われたりするような怪事が起こった。
多くの者の話では、両手を目いっぱいに広げたくらいの大きさの獣がいきなり飛んできたという。その様子がまるで衾を広げたような姿に見えた事から、人はそれを『野衾』と呼んだ。野衾は滑空してくるだけでなく、歩いていた者が掲げていた松明や提灯の火を食べて、その火を吹いてくるというので大変に恐れられた。
◇
しかし。
とある隠居が、野衾を避けるには高下駄を履いておけばよい、という昔に聞いた対処の術を流布すると、野衾に襲われる人間はいなくなってしまった。
人々は野衾の害に遭わずにすんでほっとしたが、同時になぜ高下駄を履けば平気なのかと気になりもした。
◇
「野衾は高いと名の付くものが苦手なんじゃ」
「どうした訳で?」
「アレは松明や蝋燭の火を食べるのは知っているだろう?」
「それが何か?」
「火喰いじゃないか」
読んでいただきありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどして頂けると嬉しいです!




