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怪談 しゃれこうべ  作者: 小山志乃
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古山茶の噺


 東京を江戸と申した時分のお話。


 今の山形に残る、ある峠道の事。


 行商の薬売りと毛抜き売りとが、二人連れで歩いていた。越後から庄内へ入ったあたりの宿場で知り合った二人で、行き先も同じということから仲良くなった。


「なあ、知っているかい?」


 薬売りは突然何かを含んだような、こちらに気を持たせる事を言った。


「何をだい?」


「『古山茶(ふるつばき)』っていう、この峠の噂話さ」


 薬売りは徐に話し始める。


 ◆


 この峠の丁度中ほど辺りに、古い椿の木が一本生えている。


 茶屋などは出ていないが、そこは峠を越す者たちの足休めになっているそうな。ところが、一年に四度、五度くらいの程度で人が忽然と姿を消してしまうという。最後に姿を見た者たちの話しをまとめていくと、どうやらその古椿の辺りでいなくなっていることになるらしい。


 そんなものだから椿の木の上には天狗が住んでいて人をかどわかすだとか、鬼が住んでいてくわれてしまうのだ、というような噂が絶えないらしい。


 ◆


 そんなちょっとした怪談話を言い終わると、また他愛のない話をしながら二人は峠を登っていった。


 やがて件の古椿が目に見えるところまでやって来た。その時、薬売りの男は悪戯心を起こして、足の遅い毛抜き売りを置いてけ堀にして早々と古椿の根元までやってきていた。


 後ろから、ひいひいと荒い息遣いをしながらやってきた毛抜き売りは汗を拭いながら坂道の上にいるはずの薬売りを見た。


 すると。


 薬売りはいつの間にか、見知らぬ女とさも楽し気に話し込んでいるのが見えた。


「旅人か? それにしちゃ、着ているもんが普段使いだな」


 と、毛抜き売りが思った通りの白の着物を着ている女が道の先にいた。


 だが次の瞬間。信じられない事が起きた。


 白い着物の女が薬売りにふうっと息を吹きかけた。すると一瞬のうちに薬売りの姿が一匹の蜂へと化してしまった。


 こんなに離れているのに、ただの一匹の蜂が見えるのが不思議であった。


 蜂となった薬売りは女に誘われるがままに椿の方へと飛んでいった。毛抜き売りは疲れている事も忘れ、急いで後を追った。見れば蜂が椿の花の一つの中に入って行くところであり、女の姿はもうどこにもなかった。


 毛抜き売りはそっと蜂の入った椿の花の中を覗き込んでみた。するとそこには既に事切れている一匹の蜂が横たわっているばかりであった。


 ◆


 毛抜き売りは、花ごとむしり取って急いで近くの寺に駆けこんで訳を話した。


「この辺りでよく人が消えるという話は聞いていたが、それはその椿の仕業であろう。お主が見たという女はきっと椿の精だったに違いあるまい。気の毒にかどわかされたのだろうな」


 と言った。


 毛抜き売りは有難い念仏を唱えてもらえば生き返るかも知れないと、和尚に頼んでみたのだが、いくら念仏を唱えてみても蜂も薬売りも生き返ることはなく、せめてもの供養にと椿の花弁と蜂とを同じ場所に埋め供養してやった。


 ◆


「これでよかったんでしょうか?」


「きっと椿の精と、蜜語を交えている事だろう」


読んでいただきありがとうございます。


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