片輪車の噺
史料にある妖怪の名称をそのまま使用しております。
差別を助長したり、不特定多数の身体障ガイ者を誹謗する意図はありませんことをご理解ください。
東京を江戸と申した時分のお話。
近江の国の出来事である。
とある村で『片輪車』という妖怪が夜な夜な道を徘徊するようになった。
それは片方の車輪が取れた大八車に鬼の形相をした女が乗っており、その全身は炎に包まれているという。
片輪車を見た者は呪われて必ず不幸な目に遭うと言われており、人々は口々に噂し合い、夜は戸を固く閉じて早々と寝入ってしまうようにしていた。
◇
ところが。
ある子持ちの女房が怖いもの見たさから、夜中に現れた片輪車の姿を行使の隙間から覗き見た。
すると片輪車は真っすぐに女房の方を睨み、そして告げた。
「馬鹿な女め。私を見るより我が子を見ろ」
そう言われてハッとした女房は隣の部屋で寝かしつけていたはずの赤子を見に行った。だが、赤ん坊の姿はどこにもなく、再び片輪車に目をやると自分の子供を抱えて、何処に走り去ってしまった。女房は嘆き悲しみ、次の夜に和歌を一首書き上げて表の戸に張り付けて、片輪車の現れるのを待った。
『罪咎は 我にありこそ 小車の やるかた分からぬ 子をばかくして』
そして夜も更けた頃に現れた片輪車は、その和歌を声に出して読み上げた。
すると。
『垂乳根の 情けに絆され 小車の さらば去りけり 夜も人知れず』
と返してきた。
ふと見れば、片輪車に攫われた我が子は家の中におり、片輪車は再び世の闇の中に消えてしまった。
その村では二度と片輪車はハイカイすることはなく、またそれを見た者もいなくなったということだ。
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