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怪談 しゃれこうべ  作者: 小山志乃
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二口女の噺

本日からサブテーマを設けて妖怪選びます。


第一弾のお題は「女」。○○女というような名前の妖怪で考えて参ります。

 東京を江戸と申した時分のお話。


 とある山の麓に一軒の家が建っていた。この家に住んでいる男を仮に絵一(えいち)としよう。絵一は桶を造る職人であり、それで暮らしを立てていた。


 十五の頃から仕事場に入り桶作りの技を学んだ。五年前に師匠筋に当たる人が亡くなったことをきっかけに独り立ちした。物さえ作ればそれでいい仕事であったので、元来人付き合いが得意な性質ではなかったこともあり、こんな辺鄙な場所に居を構えていたのである。


 絵一は貧しい家の出身で、子どもの頃から色々と惨めな思いをしてきていた。そのせいか、食べるモノや金の絡む事にはかなり渋めな対応をすることで知られていた。早い話がケチな男であった。


 それが災いして三十になっても未だに嫁に来る娘もなく、一人で過ごしていた。数少ない友人や、桶を買い取ってくれる商人たちは絵一を心配してよく嫁の世話をしようと、よく見合い話などを持ってきていた。けれども絵一はその度に、


「嫁を貰うのは構わんけど、飯を食わない嫁がいたら教えてくれ。手放しで出迎えられる」


などと言って躱していた。


 そんなある日の事。


 旅姿の女が一人、絵一の家を訪ねてきた。例によって道に迷い、日も暮れてしまって難儀している、一晩だけでいいので泊めてくれと頼まれた。


「泊まるのは構わんが、アンタに食べさす物が何もないんじゃ」

「心配はご無用です。私は飯を食べぬのです」

「飯を食わない?」

「はい。生まれてこの方、食べ物を口にしたことがありません」


 絵一はこれ幸いと女を泊めてやった。


 ところが、夜が明けて朝になっても女は出て行こうとしなかった。そればかりか一宿の恩だと言っては、炊事洗濯掃除などの家事を進んでやった。三日、五日、十日と過ぎて行っても女は絵一の家に居続けた。そしてその間、女が自ら言った通りに米一粒さえも口にすることはなかった。


 やがて女がやってきてから十五日が経った日。絵一は尋ねてみた。


「お前、まだ出てはいかんのか」

「・・・実は行く宛てがないのです・・・もし、あなたさえ良ければ、私を嫁にしてくれませんか」


 絵一としては飯を食わない女房など二度と会えるものではないと、二つ返事で承知した。


 こうして二人は夫婦となった。


 しかし、それから奇妙な事が起こり始めた。


絵一が長年コツコツと溜めていた櫃の米が急に減り出したのだ。勿論、絵一の食べる量は変わっていない。考えられるのは、女が食べているということだ。


 普段の三食では、女は絵一が飯を食べているのをただ眺めているだけである。ということは絵一が仕事に精を出している隙を狙って密かに米を食べているのだろう。そう確信した絵一は、桶を町に売りに行くと見せかけて家の梁の上に隠れた。


 しばらくして、絵一が町へ行ったと思い込んでいる女は納屋から一升ほどの米を出して炊き始めた。


 絵一は梁の上で腹を立てていたが、もうしばらく様子を見ようと息を殺していた。やがて炊き上がった米を、女は一つずつこぶし大の握り飯にし始めた。握りに握り続け、とうとう三十三個の握り飯を作った。


 やはり、あいつが飯を食っていたのか・・・それにしてもあれだけの握り飯を一人で食いきれるはずもない。一体どうするつもりだ・・・


 絵一がそう思っていると、女は不意にまとめていた髪の毛をほどき出した。思えば髪を下した姿を初めて見た。だがその刹那、絵一は梁から落ちそうになるほど、肝をつぶした。


 女の頭には、もう一つ口が付いていた。


 絵一はそれだけでも腰が抜けそうなほど驚いたが、更に驚かされた。女のほどいたはずの髪が幾重にも絡み合うと、まるで蛇のようになった。先の方は蛇の口のようになり、器用に握り飯を咥えると、頭の口にまで運び無我夢中で食べ始めたのだった。


 「化け物だ」


 頭に過ぎった言葉が、うっかりと口から出てしまった。慌てて口を押えたが遅かった。


 梁の上の絵一に気が付いた女は、それを無理矢理引きずり下ろした。絵一の抵抗空しく、縄で縛られるとそのまま大きな桶に入れられてしまった。すると女は桶ごと絵一を担いで山へと去っていった。


 人では到底追い付けぬような速さで、女は山道を駆けて行く。


 もう駄目だ、と諦めかけた時。絵一は自分を縛っていた縄がボロボロになっている事に気が付いた。死にもの狂いで力を込めると、幸運なことに縄を引きちぎることができた。その後、担がれ運ばれる最中、飛び出ていた木の枝に飛び移ると、そのまま木の上で震えながら一夜を明かした。


 寸でのところで命拾いすることができた。


 以降、絵一は飯を食わぬ女房を望んだ自分の性根を改め、身の丈に合った嫁を貰い幸せに暮らしたという。


 これが『二口女(ふたくちおんな)』の伝説である。


 ◇


 そんな事があった村の数十年後である。


 またしても三十を超えて嫁を取らない桶屋の男がいた。


 ある日、旅姿の女が一夜の宿を頼って男の家の戸を叩いた。その女は二口女であった。自分の昔話が残っている事は百も承知なので、少なくても構わないとしおらしく夕餉をねだった。その日は男を話をしながら、どう男を騙してやろうかと考えつつ、床についた。


 ところが。


 翌朝に目を覚ましてみると、近くの村人が総出で二口女を退治すべく集まっていた。とても誤魔化しきれるものではなく、二口女は命からがら山へ逃げ帰ったという。


 ◇


 村人たちは見事に二口女の正体を見破った男を褒めた。そして同時に、どうして見破られたのかを聞いた。


「あいつは家に入るや否や、寝るまで喋り続けたんだ。いやはや名前の通り、口数の多い女だった」


読んでいただきありがとうございます。


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