元興寺の噺
後の人が飛鳥と呼ぶ、敏達天皇の時代のお話。
とある百姓が野良仕事をしていると、近くに雷が落ちた。火が付いていては大変だと思ったその男が様子を見に行くと、落雷のあった正にその場所に赤ん坊がいることに気が付いた。
雷に撃たれても死なぬのは物の怪の子かもしれないと恐ろしくなった男は、この赤ん坊を殺そうとした。その時その赤子はにわかに声を出した。
聞けばこの赤ん坊は雷神であり、誤って雲の上から落ちたのだという。命を見逃してくれれば、男の子供に雷神の力を授けると命乞いをしてきたので、それを受け入れた。
◇
しばらくして男は子供を授かった。雷神との約束の通り、その童は百人力と称しても差し支えない程の腕力を生まれながらにして持っていた。
十歳になろうかという頃には、その子の評判は各地に知れることとなっていた。すると農民の身分に置いておくには惜しいとされて、蘇我馬子が建立した元興寺の童子となることが決まった。この時、元興寺には鐘突き堂に鬼が出ると専らの評判であり、何人もの童子たちが食われていたという。そのために力強き子を求めていたのだった。
元興寺に着いた童は身支度を整えると、早速鐘突き堂に向かい日の暮れるのを待った。
草木までもがしんっと静まり返った頃、件の鬼が現れた。童は少しも慌てることなく鬼の攻撃を躱すと、鬼の頭の毛を思いきり掴んだ。ひるんだ鬼は頭の皮ごとひっぺ剥すと方々の体で逃げ出した。
翌朝になり、鬼のものと思われる血の跡を追っていくと、かつて元興寺に仕えていた下男の墓の前に辿り着いた。鬼の正体は、満足な供養のなされていなかったその下男の魂が鬼となって化けて出たものだった。
童の鬼退治は瞬く間に世間に広まった。そうしているうちに、元興寺に出た鬼の事そのものを何故か『元興寺』と呼ぶようになってしまったという。
◆
この事は当然ながら元興寺の中でも持ち切りの話題となった。
「しかし凄い奴が童子になって入って来たね」
「ああ。鬼を追い払ったどころか、鬼に触れさせず無傷で勝ったというじゃないか」
「まあ無傷で勝ったのは当然だろうさ」
「どうしてだ?」
「だって鬼は皮ごと髪の毛を引っこ抜かれたんだろう?」
「それが」
「ケガない、じゃないか」
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